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溺愛ハッピーエンドが欲しくて頑張ったのに、なぜか彼氏はヤンデレ化した  作者: ChaCha


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隣の部屋で眠る君を想う

宿の廊下は、夜の気配を深く抱いて静まり返っていた。

厚い絨毯が足音を吸い込み、壁の燭台だけが柔らかな光を落としている。


扉を閉めた瞬間、胸の奥に溜め込んでいた息が、ゆっくりと外へ逃げた。


「……危なかった」


小さく呟いた声は、部屋の静けさに溶けて消える。


ほんの少し前まで、あの距離に彼女がいた。

夕暮れの名残を含んだ空気、宝石箱のような夜景、重ねた視線。

そして――初めて、唇が触れた。


深くしないように。

それでも、熱を残すように。

確かめるように、離れる前の一瞬を大切に抱き留めるように。


(……あの反応は)


思い出すだけで、喉の奥がきゅっと鳴る。

息を吸うたび、胸に温度が戻ってくる。


名残惜しそうに伏せられた睫毛。

ほんのりと赤くなった頬。

触れた瞬間、驚いたように強張り、それから静かに委ねてきた唇。


(……可愛い、なんて言葉では足りない)


自分で自分に呆れるほど、感情が素直になっているのを自覚する。

今までなら、こんなふうに胸を掴まれることはなかった。


けれど――嫌ではない。

むしろ、心地いい。


「……はぁ」


無意識に、ため息が落ちた。


彼女の部屋は、この壁の向こうだ。

今はもう、湯に浸かっている頃だろうか。

今日を振り返って、きっと顔を赤くしているに違いない。


(……想像するな)


そう思っても、瞼を閉じれば浮かんでくる。


浴衣の襟元。

濡れた髪を指で押さえる仕草。

湯気の向こうで、こちらを思い出しているかもしれないという可能性。


「……っ」


ベルンハルトは軽く首を振り、浴室へ向かった。


扉を閉め、水音が立つ。

湯を張る間、鏡に映る自分の顔を見つめる。


少しだけ、熱を帯びている。

目元が柔らかくなっているのが、自分でもわかる。


(……本当に、本を読んで良かった)


あの一冊。

溺愛とは何か、言葉と距離でどう伝えるか――

書かれていたのは、技巧ではなく、向き合い方だった。


彼女の言葉を受け止めること。

反応を見逃さないこと。

急がず、けれど確かに、想いを重ねていくこと。


湯に身を沈めると、肩の力が抜けた。

温度が、昼間の余韻をゆっくりとほどいていく。


(……幸せだ)


短く、確かな実感。


誰かを想って眠る夜が、これほど静かで満ちているとは知らなかった。

胸を焦がすような高揚もあるが、それ以上に、落ち着いた温かさがある。


隣の部屋で、彼女が眠りにつく。

その事実だけで、十分だった。


「……おやすみ、カレン」


声に出さず、胸の中で告げる。


明日は湖畔へ行く。

水面に揺れる光を、二人で見る。


その約束を確かめるように、ベルンハルトは目を閉じた。

残る熱を抱いたまま、穏やかな夜に身を委ねながら。



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