宝石箱のような夜景
夕暮れが、ゆっくりと夜へ溶けていく。
避暑地の高台に建つそのレストランは、白い石壁と大きな窓が特徴で、街の灯りを一望できる場所にあった。
窓の向こうでは、点り始めた明かりが星屑のように瞬き、まるで宝石箱をひっくり返したような景色が広がっている。
「……すごい」
カレンは、思わず息を呑んだ。
頬に夜風が触れ、昼間の熱を静かに冷ましていく。
ベルンハルトは、そんな彼女の横顔を見つめていた。
光を映した瞳。
夜景に負けないほど、柔らかく輝いている表情。
(連れてきて、正解だったな)
席に案内され、向かい合って腰を下ろす。
テーブルに置かれた小さなランプが、二人の影を近づける。
料理が運ばれてくるまでの短い時間。
沈黙は、不思議と心地よかった。
ベルンハルトは、グラスに指を添えながら、カレンへ視線を戻す。
「……どうだ?」
「うん。すごく……嬉しい」
カレンは、少し照れたように笑った。
「大好きな人と、こうして一泊旅行ができるなんて思ってなかったから」
その言葉に、胸の奥が静かに熱を帯びる。
「明日はどこへ行くの?」
「湖畔でボートはどうだ?」
「……いいね」
頷く彼女の仕草が、可愛らしくて仕方ない。
ベルンハルトは、テーブル越しに手を伸ばした。
指先が、そっとカレンの手の甲に触れる。
驚いたように一瞬瞬きをしてから、彼女はその手を受け入れ、指を絡めてくる。
(……ああ)
それだけで、十分だった。
料理が運ばれ、静かな時間が流れる。
夜景はさらに深みを増し、街の灯りがゆらゆらと揺れている。
食後、デザートが運ばれた頃。
カレンは窓の外に視線を向けたまま、ぽつりと言った。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「今日、ベルンが誘ってくれたでしょう?」
「……ああ」
「それが、すごく嬉しかった」
その言葉は、飾り気がなく、まっすぐだった。
ベルンハルトは、椅子を少しだけ引き寄せ、距離を縮める。
テーブルの下で、カレンの腰にそっと手を添えた。
「俺の番だと言っただろう」
カレンが、こちらを見上げる。
その瞳に、期待と少しの緊張が混じっているのを見逃さない。
「……うん」
ベルンハルトは、片手を彼女の頬へ。
親指で、ゆっくりと輪郭をなぞる。
夜景の光が、二人の間で揺れる。
「カレン」
名前を呼ぶだけで、喉がわずかに鳴った。
返事を待たず、彼は顔を近づける。
触れる直前、ほんの一瞬だけ、視線が絡んだ。
そして――
静かに、唇が重なった。
深くもなく、急かすこともない。
確かめるような、丁寧な口づけ。
カレンの肩が、ほんの少しだけ強張り、すぐに力が抜ける。
受け入れる温度が、確かにそこにあった。
離れたあと、彼女の頬は淡く染まっている。
「……びっくりした?」
「……ううん」
小さく首を振って、照れたように笑う。
「……嬉しかった」
その一言で、すべてが報われた気がした。
ベルンハルトは、もう一度だけ彼女の手を包み込む。
「今夜は、ゆっくり過ごそう」
「うん」
窓の外では、宝石箱のような夜景が、変わらず瞬いていた。




