筋肉がね……
廊下の向こうから、見慣れた二人が並んで歩いてきた。
「やぁ! 二人とも」
先に声を上げたのはエルンストだった。
隣に立つアイナは、少し緊張した様子でぺこりと頭を下げる。
「こんにちは」
「ふたりが幸せそうで嬉しい!」
カレンは、屈託のない笑顔でそう言った。
それは取り繕ったものではなく、心からの言葉だった。
アイナは一瞬驚いたように目を瞬かせてから、少しだけ肩の力を抜いた。
「……この前は、ごめんなさい。
それから、ありがとうございました」
「気にしないで! むしろ、私こそあの時は本当にごめんなさい」
横から、ベルンハルトが静かに言葉を添える。
「あれは事故だ」
短く、断定的に。
過去を必要以上に引きずらせないための言い方だった。
カレンは勢いよく頷く。
「そうそう! それにね――」
ぱっと笑顔を広げて、
「推しの幸せは応援しなきゃね!」
アイナが小さく首を傾げる。
「……推し?」
「……筋肉がね」
言った瞬間、カレンははっとして両手を振った。
「あっ! 違うの!!
これは……ちがうの!! 本当に!!!」
エルンストは一瞬きょとんとしてから、苦笑する。
「……そういう意味か」
ベルンハルトは、表情を崩さずに言った。
「わかってる」
その声は穏やかだった。
エルンストはアイナの肩に軽く手を添え、
「じゃあ、またな」
「うん!」
二人は並んで去っていく。
その背中は、確かに穏やかで、迷いがなかった。
カレンはそれを見送りながら、満足そうに息を吐く。
「よかったね」
その言葉に、ベルンハルトは視線をカレンに戻した。
「……好きだったのか?」
「えっ?」
問いの意味に気づいて、カレンは一瞬固まる。
「す、好きっていうか……その……筋肉が……」
また言ってしまった、と顔を赤らめる。
ベルンハルトは、ほんの少しだけ距離を詰め、
低く、からかうように言った。
「今は?」
カレンが言葉に詰まる。
「……今は……」
言い切れずに視線を逸らす。
ベルンハルトは、ふっと笑った。
「俺のこと、だろ?」
「~~~~~っ」
カレンは真っ赤になって、彼の腕をぽかぽかと叩いた。
「も、もう! そういう言い方しないで!」
「事実確認だ」
涼しい顔でそう言われて、
カレンはますます何も言えなくなる。
廊下の光が、二人の影を並べて伸ばしていた。
それぞれ違う過去と、違う想いを持ちながら。
それでも今、並んで歩く距離だけは、確かに近かった。




