触れない別れ
カフェを出ると、街はすでに午後の光に包まれていた。
石畳を踏む音が心地よく、通りには穏やかな人の流れがある。
「次、どこ行く?」
そう聞くカレンの声は、まだ少し弾んでいた。
二人で並んで歩きながら、店先を覗いたり、露店を冷やかしたり。
途中、小さな文具屋で足を止めた。
棚に並ぶ栞の中から、
紐の色違いのものを見つけて、自然と目が合う。
「……これ」
「うん。お揃いだね」
派手ではない、ただの栞。
けれど、ベルンハルトはそれを受け取った瞬間、
胸の奥に静かに残る重みを感じていた。
通りを抜けた先に、小さな公園があった。
低い柵に囲まれた緑の中、ベンチがいくつか置かれている。
「ここ、落ち着くね」
カレンはそう言って、ベンチに腰を下ろした。
「初めてのデートが、ベルンハルトと一緒で嬉しい」
その言葉に、彼は一瞬、言葉を失う。
「……ああ」
(俺もだよ)
胸の内でだけ、そっと返した。
「楽しかったね!」
「そうだな」
(君が楽しそうで、それだけで嬉しい)
風が吹き、花弁が舞った。
夕陽を受けて、カレンの笑顔がきらきらと輝く。
「また……次の週末も、一緒にしてくれる?」
問いかけは控えめなのに、
ベルンハルトの喉が、無意識に鳴った。
「……もちろんだよ」
(断れるわけがない)
「……帰ろうか」
そう言いながらも、カレンの視線は名残惜しそうに公園を見ている。
「日が暮れると、危ない」
(……離したくない)
馬車乗り場に着き、
ベルンハルトは、ほんの一瞬ためらってから手を差し出した。
「……手を」
「ありがとう!」
その手を取る感触が、柔らかくて、温かい。
指先から、胸の奥へと熱が伝わる。
馬車の中では、自然と距離が近くなる。
寄り添うように座り、揺れに合わせて肩が触れる。
何気ない沈黙が、妙に落ち着かない。
やがて、カレンの家が見えてきた。
馬車を降りる前、
彼女の視線が、ふとベルンハルトの唇に落ちる。
(……)
察してしまって、
でも、自分からは動けない。
心臓が、早鐘を打つ。
「……じゃあ。また明日」
「ああ。また」
扉が閉まり、馬車が動き出す。
ベルンハルトは、背もたれに深く身を預け、
そっと瞳を閉じた。
カレンに口付ける、
そんな想像が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
――触れたら、きっと抑えられなくなる。
指を組み、静かに息を吐いた。
「……はぁ」
規則正しい馬車の揺れに身を任せながら、
彼はただ、その余韻を胸に抱えて帰路についた。




