残酷な昼食。
呼んだ名前の、重さ
昼の鐘が鳴り終わった学園は、どこか浮ついていた。
食堂へ向かう足音、庭へ流れる笑い声。
いつもと同じはずの時間が、今日はやけに遠く感じられる。
カレンは、机に残した手をぎゅっと握りしめていた。
胸の奥が、ずっとざわついている。
空腹はあるはずなのに、喉の奥が詰まって、何も通らない。
そこへ、影が落ちた。
「カレン。行こう」
気さくで、軽い声音。
当然のように差し出される手。
その自然さが、ひどく残酷だった。
「……ごめんなさい、レオン」
顔を上げずに、言葉を選ぶ。
「今日は、食欲がなくて……」
少しでも距離を作りたかった。
ほんの少しでいい。
自分の呼吸を取り戻せる隙間が欲しかった。
「じゃあ」
レオンは肩をすくめる。
「一緒に庭でも散歩するか。気分転換になる」
「……そんな気分じゃないの」
声が、かすれた。
拒絶のはずなのに、弱々しい。
レオンは、答えずに一歩近づいた。
椅子の横に立ち、カレンの視界を塞ぐ。
「そんな顔で言われてもな」
指先が、机の縁に触れる。
逃げ道を塞ぐような距離。
「俺を、ちゃんと見て言えよ」
その瞬間、カレンは顔を上げてしまった。
視線が、絡む。
深い色の瞳。
逃がさないと決めた目。
胸が、きゅっと締め付けられる。
(……だめ)
言葉が出ない。
息が浅くなる。
レオンは、カレンの沈黙を楽しむように、ゆっくりと身を屈めた。
「ほら。何も言えない」
その距離が、耐えられなかった。
「ベルンハルト!」
思わず、声が弾けた。
自分でも驚くほど、大きな声だった。
教室の空気が、一瞬止まる。
「ベルンハルト!」
もう一度、縋るように呼ぶ。
「お願い……!」
その名前を呼んだ瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、溢れそうになった。
――その声は、届いた。
少し離れた席で、立ち上がる影。
椅子が擦れる音。
ベルンハルトが、こちらを見ていた。
(……!)
レオンが、面白そうに笑う。
「わ、なになに?」
軽い調子で、振り返る。
「急に名前呼ばれてさ。どうしたんだ?」
カレンは、視線をベルンハルトから離せなかった。
彼の表情は、硬い。
笑みは、ない。
それでも、そこに立っている。
「……カレン」
低く、抑えた声。
それだけで、胸が震えた。
「昼食に誘ってただけだよ」
レオンは、あくまで穏やかに言う。
「な? 友達だろ?」
その言葉に、カレンは小さく首を振った。
「……違います」
やっと、声が出た。
「私は……今、誰とも、そういう気分じゃなくて……」
レオンが、わずかに目を細める。
「ふぅん」
短い間。
「じゃあ、ベルンハルトと行くのか?」
問いかけは、軽い。
けれど、その奥にある圧は消えていない。
ベルンハルトは、一歩前に出た。
「……彼女が嫌だと言っている」
それだけの言葉なのに、空気が変わる。
「今日は、放っておいてもらおう」
レオンは、しばらく二人を見比べてから、肩をすくめた。
「はいはい」
手を上げて、冗談めかす。
「怖いな。じゃあ、また後で」
そう言って、あっさりと背を向ける。
去っていく足音。
残された静けさの中で、カレンは力が抜けたように椅子に座り込んだ。
ベルンハルトが、そっと距離を詰める。
「……大丈夫か」
低い声。
問いかけは短い。
カレンは、何度も頷いた。
「……ありがとう」
その一言が、精一杯だった。
ベルンハルトは、しばらく何も言わずに立っていた。
そして、静かに言う。
「今日は……無理をしなくていい」
その言葉が、なぜだか胸に刺さる。
(無理、してない……してない、はずなのに)
カレンは、視線を落とした。
昼の鐘は、もう鳴らない。
けれど、この時間は、終わらない。
残酷な昼食は、
まだ、形を変えて続いている。




