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子猫になった気弱魔導士は猫嫌いの氷の宰相に愛される  作者: はんぺん


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97/200

97話

「俺は、本当に卑怯で弱いな‥‥‥。もしノアが見ていたら、さぞかし呆れているだろう」


 力なくうなだれるレイザックに、アイカは諭すように語りかける。


『いいえ。ノアさんはきっと、元気だったころの自分をやっと思い出してもらえて、とても喜んでいるはずです。だからもうこれ以上、ご自分を責めないで下さい』

「アイカ嬢‥‥‥」

『もし、今でもノアさんを大切に思っているのなら、別れた時の辛い記憶ではなく、一緒に幸せに過ごしていた時の記憶を沢山思い出して――彼がいつもあなたのそばにいたという事を、忘れないであげて下さい』


 自分は確かに此処にいるのに、いないものとして扱われる──それが、どんなに悲しくて惨めな事なのか、アイカは身をもって知っている。泣きそうになるのを必死に堪えながら、彼女は震える声で訴えた。


『どうか、お願いです。ノアさんをいなかった事になんてしないで──ずっと覚えていてあげて‥‥‥』


 自分の足元に座って、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げてくる子猫を見て、レイザックは甘えん坊の愛猫を思い出しながら口元にほろ苦い笑みを浮かべ、静かに目を伏せる。


「ああ──もう絶対に忘れたりはしない」


 そう言って黙ったきり、今はずっと遠く、自分の手の届かない場所に行ってしまったノアに想いを馳せるレイザックは、何故かとても心細く見えた。アイカは我知らず、そんな彼を労わるように体を寄せていた。


 足元からほのかに伝わる体温に気付いた彼は、わずかに目を見開くと、自分に寄り添う小さな子猫を見下ろした。


「‥‥‥ああ、そういえば、ノアの体もこんな風にあたたかかったな。どうして俺は、こんなに大切な事を思い出せずにいたのだろうな」

『宰相様‥‥‥』


 静かに瞑目したレイザックの目から、また一筋、涙が流れる。


 いつもは騒がしい精霊たちも皆、今は黙って見守っている。


 アイカもまた、何も言わずに目を伏せて、彼に寄り添ったままでいた。


 静かで柔らかな時間が温室の中をゆっくりと流れていった。









 それからしばらくして――


 レイザックはゆっくりと目を開けて、何かを吹っ切るように長い息を吐いた。


 アイカがはっとして、慌てて彼から距離をとったのを見ると、彼は少しだけ寂しそうな顔をした。


「ありがとう、アイカ嬢。君に話を聞いてもらったおかげで、あの事件以来ずっと心の中にあったわだかまりを、ようやく解く事ができた」

『──それは良かったです。今頃はきっと、ノアさんも喜んでいると思います』


 大きな植木鉢の陰から少しだけ顔を出す彼女を見て、レイザックが苦笑する。


「やはり俺が近くにいるのは怖いのだな。ではさっきまで寄り添っていてくれたのは、君の温情だったのか?」

『あいかは、優しいのー』

『急に温室まで押しかけられた時は、怖くて震えてたー』

『でもびしょ濡れはかわいそうだから、入れてあげたー』

『まさか、策略だったー?』

『あいかの優しさに付け込んで、まんまと中に入ったー?』


 精霊たちからあらぬ疑惑をかけられ、レイザックが慌てて弁明する。


「いや、俺は別に画策したわけじゃないぞ。謝罪したくとも彼女が屋敷に来ないので、俺から出向いて来ただけだ」

『ほんとにー?』

『でも誓約も交わしているから、信じていいかもー?』

『それなら、ぎりぎり許すー』


 何とか疑惑が晴れた事を知り、やれやれと息を吐いた彼は、気まずそうな顔をして、まだ乾ききっていない髪をかき上げた。


「アイカ嬢。その、君が屋敷に寄り付かなくなったのはもちろん俺のせいなのだろうが、両親や使用人たちには以前のように君の姿を見せてやってくれないだろうか?実はみんな君を心配して、最近ろくに仕事が手につかなくなっているんだ」

『え?それは本当ですか?』

「それに、君が屋敷に来なくなってからというもの、皆から俺への風当たりが強くなって、正直困っている」


 ふてくされたような物言いをするレイザックを見て、アイカが思わず吹き出した。


『それは自業自得ー』

『あいかをいじめた報いー』

『みんな、お願いだからあまり失礼な事を言わないで。わかりました、宰相様。明日からは以前と同じようにお屋敷に伺うようにします』

「そうか──感謝する!」


 精霊を通じてアイカが了承した事を知ったレイザックは、形の良い唇を綻ばせると無邪気な子供のように喜んだ。それは彼女が初めて見る、彼の屈託のない笑顔だった。


 その笑顔につられて、アイカが思わず笑みを浮かべていると、不意に彼がきまり悪そうな顔をした。


「‥‥‥先程の話だが、もちろん俺は、君が屋敷にいる間はそばに近づかないようにする。だが、もし君が――」


 彼は何故かそこで言い淀んで目を泳がせると、ふっと短く息を吐き、覚悟を決めたような顔になって言い直した。


「もし、君が許してくれるのなら──少しの間でも構わないから、俺もそばに行って君を見ていてもいいだろうか?」

『え?』


 アイカは、あまりにも意外な申し出を一瞬理解できずに、目をぱちくりと瞬かせた。


ご覧いただきありがとうございます!

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