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83話

『ひゃっ?!』

「おいこら!てめえは顔を近づけすぎだ!」

「す、すいやせん。アイカ様がちっちゃいおててをにぎにぎしながら、調理を指示しているのを見ていたら可愛くて、つい‥‥‥」


 料理長のバルデムに叱られた若い料理人が、そう言って首をすくめた。騒いでいる彼らのそばで、アイカはいまだに驚いて固まっていた。急に距離を詰められると、たとえ彼らに悪意はないとわかっていても、公爵邸での事を思い出し、恐怖のあまり硬直してしまうのだ。


「アイカ様、驚かせてしまってほんとに申し訳ねえです‥‥‥!どうか許してくだせえ」

『こ、こちらこそごめんなさい。料理人さんたちは公爵邸の人たちとは違うって、頭ではわかっているのだけれど‥‥‥』


 小さな声で力なくみゃうみゃうと鳴きながら尻尾を下げる彼女を見た料理人たちは、顔を赤くしながら身悶えた。



(あああああ!可愛い‥‥‥あまりにも可愛すぎる‥‥‥!)

(うおおおお!しょんぼりする子猫様の破壊力すげええええ‥‥‥!!こんなに可愛い子猫様を怖がらせるような目にあわせた奴らは、見つけたら絶対にただじゃおかねえ‥‥‥!)


 屋敷の料理人たちは、子猫に変えられたアイカが、人に近寄られる事に怯えながらも一生懸命に料理を教えようとする健気さに、すっかり心を奪われていた。ちなみに、自分に対する彼らの庇護欲が限界突破している事に、当のアイカは全く気づいていない。


 料理を作り終えた後、アイカは屋敷内を一通り散歩するようにしている。もちろん本人はなるべく誰にも見つからないよう、こっそり移動しているつもりだが、実はその姿は使用人たちからばっちり見られている。


「見て見て!今日もアイカ様がこっそりお散歩にきているわ!」

「ちょっと、あまり大きな声をだしてはだめじゃない!怖がらせてしまうわよ?」

「やばいぜ‥‥‥。柱の陰からひょっこり顔を出して様子を伺う子猫なんて、超絶可愛いすぎるだろ‥‥‥」

「なんていうか、しぐさの一つ一つに謙虚なお人柄がにじみ出ているのよね‥‥‥。子猫のあどけなさにいじらしさが加算されて、可愛さが半端ないことになっているし。はあ‥‥‥いつまでもこの屋敷にいて私たちを癒してほしいわぁ‥‥‥」


 本人に全く自覚がないまま、実は料理人だけでなく他の使用人たちの心もがっちり掴んでいるアイカである。


(──あ!あのメイドさんは肩こりが酷いみたい。ちょっとだけ直しておこうかしら)


 そもそも彼女が屋敷内を散歩して回るようになったのは、タダで住まわせてもらっているからには、せめて少しでも皆の手伝いがしたいと考えたからであった。


(それにお屋敷の人たちに少しずつ歩み寄る練習にもなるし‥‥‥)


 だが、そう考えてはいるものの、まだ困っている者の前に出て直接助けを申し出るまでには至っていない。


 アイカの手伝いの種類は、使用人たちの体の不調を改善したり、重い荷物を軽くしたり、洗濯物が早く乾くように風魔法をかけたりと、意外に幅広い。


 ちなみに、彼女は誰にも気づかれていないと信じ込んでいるが、自分に魔法をかけられた事がわからないほど使用人たちは鈍感ではない。彼らはあえて気がつかないふりをしているだけなのだ。


 それというのも、魔法をかけた後に、草むらの陰や建物のすみからこっそり様子を伺っている彼女の仕草が、いちいち可愛らしくてたまらないからだ。何気なく視線を向けると慌てて隠れようとするが、黒いしっぽや耳がちょこんと見えていたりする。


 こちらに気づかれた事がわかると、彼女はすぐに逃げてしまうので、彼らはあえて気づかぬふりをする事で、子猫の可愛らしい様子を存分に堪能しているのだった。


 なお、自分の行動の一つ一つが、彼らの心の癒しになっている事に、当のアイカはもちろん気づいていない。


 マリーナが病に倒れていた頃、この屋敷の中は、まるで泥の中にじわじわと沈められていくような重苦しい空気で常に満たされていた。だが今は、それがまるで夢だったかのように、屋敷で過ごす誰もがみな、この上ない安らぎと居心地の良さを感じている。


「旦那様が戻ってきたら、きっと驚くわね」

「アイカ様がきて、マリーナ様のご病気を治してくれたおかげで、屋敷の中が見違えるほど明るくなったものなあ」


 快活さを取り戻した彼らの間でよく語られている〈旦那様〉が、この屋敷に帰還したのは、曇天が数日続いた後──久しぶりに太陽が顔を見せた、良く晴れた日の事だった。

みんな揃って子猫にメロメロです(#^.^#)

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