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子猫になった気弱魔導士は猫嫌いの氷の宰相に愛される  作者: はんぺん


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84/200

84話

「クラウス、これはどういうことだ?僕がいない間に、一体何があった?」


 その日、屋敷の主であるオルトランは、最愛の妻であるマリーナが毒殺されかけた、という知らせを旅先で受け、矢も楯もたまらず、およそ二か月ぶりに屋敷に舞い戻っていた。


 だが、てっきりマリーナの身に起きた凶事のせいでさぞ沈み込んでいるだろう、と思っていた使用人たちが、何故かはちきれんばかりの笑顔で自分を出迎えたのを見ると、大いに面食らった。


「マリーナが死にかけているというのに、お前たちは一体どうして笑っているんだ!」


 普段はにこやかで泰然自若としている彼にしては珍しく、苛立ちを露わにして執事のクラウスを問い詰める。


「旦那様、それはもちろん嬉しいからでございます」

「なんだって?」

「さあさあ、一刻も早くマリーナ様の元へおいでください!今の時分であれば、書斎にいらっしゃるはずです。すぐにご案内いたします」

「書斎だと?まさかお前は、自力で歩けないほど弱っているマリーナに執務をさせているのか?!」


 そう叫ぶと、オルトランは旅装を解かぬまま、ずかずかと早足で執務室へと向かった。


(一体何を考えているんだ!皆そろって頭がおかしくなったのか!?)


「えっ?旦那様?!」

「いつお戻りに?そんなに血相を変えて、一体どうなさいました?」


 廊下ですれ違うメイドや侍従たちが驚いて声をかけてきたが、それらを無視して執務室に辿り着いたオルトランは、心が急くまま乱暴に扉を開けた。


「マリーナ!無事かっ!」

「まあ、オルトラン!いつ戻ったの?」


 午後の日差しが差し込む明るい室内には、元気になった最愛の人の姿があった。


「え?まさか‥‥‥マリーナ、君なのか?‥‥‥そんな、嘘だろう──僕は夢でも見ているのか?」


 最愛の妻が冒された病の治療法を捜すため、彼が後ろ髪をひかれながらこの屋敷を後にした時、マリーナは骨と皮ばかりにやせ細った痛々しい姿だった。だが、今こうして目の前にいる彼女は、健康だった頃に比べてまだ幾分痩せてはいるものの、病にかかる前の清廉な美しさを取り戻している。


「夢ではないわ──ほら、ちゃんと触れられるでしょう?」

 

 椅子から立ち上ったマリーナは、オルトランのそばに行くと、その手に優しく触れた。


「‥‥‥どこを探しても、治療薬が見つからなくて‥‥‥僕は、もう二度と、君のその空色の瞳も、澄んだ心地よい声も、取り戻す事ができないかもしれないと‥‥‥ほとんど諦めかけていたんだ‥‥‥」


 オルトランは、瞳から溢れる涙をそのままに、マリーナを強く抱きしめた。


「オルトラン‥‥‥」


 マリーナも涙を浮かべながら、子供のように泣きじゃくる夫の広い背に腕を回した。


 久しぶりに見た夫は、髪はぼさぼさで、ひげも剃らないままになっており、いつも身だしなみを大切にしていた彼とはまるで別人のようだった。


(私の病気を治そうと、必死で世界中を駆けずり回っていてくれたのだものね)


 ろくに食事も取っていなかったのか、頬がこけるほど痩せて体が一回り小さくなっている彼を抱きしめていると、申し訳なさと愛おしさとが込み上げて来る。


「これは夢やまぼろしなんかじゃないよね‥‥‥?今抱きしめているのは、本当に君なんだよね‥‥‥?」


「ええ。そうよ。私は本物の、あなたの妻よ」


 何度も不安そうに問いかける最愛の夫を、ぎゅっと強く抱きしめる。


「オルトラン、もう大丈夫よ。私の病は精霊たちに愛された可愛らしい子猫が治してくれたの。だから──どうか安心して」


 今離したらいなくなってしまうのでは、と怯える夫を落ち着かせるように、彼女は何度も何度も繰り返しそう言い聞かせた。

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