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子猫になった気弱魔導士は猫嫌いの氷の宰相に愛される  作者: はんぺん


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75/200

75話

 その夜、マリーナはとても不思議な夢を見た。


 それは、宙に浮かんだ自分がベッドに横たわる自分を見下ろしている夢で、寝ている自分のすぐそばには小さな黒い子猫がいた。


(きっとこの子が私を助けてくれた精霊だわ)


 現実の自分は目が見えず、実際に精霊を見た事がないのにも関わらず、何故かそう確信出来た。


 子猫はとても真剣な様子でしきりにみゅうみゅうと鳴きながら、横たわるマリーナの体に前足をのせて魔法をかけている。よく見ると、小さな肉球で彼女の体をぽすぽすと押して、何かを確かめながら魔法をかけているようだった。


 足や膝、腹や腕や胸。彼女の体の色々な箇所に、休む事なく子猫は魔法をかけ続けている。


(小さな体なのに、こんなにたくさん魔法を使って大丈夫なのかしら)


 庭師のトマスは、「おそらくとても強い力を持つ高位精霊だろう」と言っていたらしいが、それでも心配になる。


 マリーナがハラハラしながら見守っていると、彼女の胸元あたりに魔法をかけていた子猫が、今度は顔のそばに移動してぺたんと座り込んだ。


 目の前に突然現れた小さな水球をうくうくと飲んだあとは、動かないままじっとしている。見るからに子猫がかなり疲れているのがわかる。


(私が自力で歩けるようになったのは、この子がこんなにも大変な思いをして、ずっと魔法をかけていてくれたおかげなのかしら)


 マリーナがそう考えながら、なおも見つめていると、やがてよろよろと立ち上がった子猫が、今度は彼女の額に小さな前足をあてて魔法をかけはじめた。あたたかで柔らかい魔法の光が子猫の苦し気な顔を照らし出し、かふかふという苦し気な息が、辺りのしんとした空気を震わせている。


(ああ、私の事はもういいから、これ以上無理をしないでちょうだい。このままだと、あなたが倒れてしまうわ)


 マリーナは泣きそうになりながら、今にも倒れてしまいそうな子猫を止めようと必死に手を伸ばす。だが何度やっても、彼女の手は子猫の体をすり抜けてしまう。それでも諦めきれずにもがいていると、不意に強い眠気が襲ってきた。


(どうしたのかしら?急に眠くなってきたわ‥‥‥。でも、ここで眠ってしまったら、あの子を助けられない‥‥‥)


 懸命に睡魔に抗おうとしたが、彼女の意思に反して、だんだんとまぶたが下りていく。


(あの子のために‥‥‥眠っては、いけないのに‥‥‥)


 意識が遠のいていく間も、マリーナは必死に視線を子猫に向けていたが、それからいくらもしないうちに彼女の視界は幕が下りたように真っ暗になった。









 まぶしさを感じてマリーナが目を開けると、窓から差し込む光で明るくなった天井が見えた。ついさっきまで真っ暗だったのにと首を傾げた彼女は、すぐに自分が夢を見ていた事に気づいて苦笑する。


「いつの間にか、すっかり夜が明けていたのね」


 青空が見える窓の外を見ながら、昨日はめずらしくシェリーがカーテンを閉め忘れたのかしらと、ぼんやり考えているうちに、ふと、何かがいつもと違う事に気がついた彼女は「あっ」と声を上げた。


「私、目が見えているわ‥‥‥!それに‥‥‥声も‥‥‥」


 綺麗な空色の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


『まりーな、治ってよかったねー』

『僕らの事がみえるー?』

「ええ、あなたたちの事がはっきりと見えるわ!ああ、まさか精霊眼まで取り戻せただなんて‥‥‥」


 屋敷の精霊たちが嬉しそうに自分の周りに集まっているのを見て、彼女の顔に笑顔が溢れる。


『その子が病を治してくれたのー』

『その子がまりーなを助けてくれたのー』

「‥‥‥え?」


 精霊たちが視線を向けた先を見た彼女は、はじめて自分の上で眠っている子猫に気づいて、はっと息を吞んだ。


 小さな体を丸めて眠っているその黒い子猫は、夢で見た時のままの姿をしていた。


「まさか、あれは夢ではなかったの?それならこの子は――」


 夢の中の子猫が、今にも倒れそうになりながら魔法を使っていた事を思い出したマリーナは、慎重に体を起こすと、震える手を伸ばして子猫の体にそっと触れた。


「ああ、ちゃんと息をしているわ。よかった‥‥‥」


 彼女は両手で顔を覆うと、喜びの涙を溢れさせながら、声を上げて泣いた。

ご覧いただきありがとうございます!

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