39話
「実際には、女魔導士は魔物化しているのだぞ。それはどうやって誤魔化すつもりだ」
「背格好が似た死体を用意して、顔を焼くなり潰すなりすれば、きっと別人だなんて誰にも気づかれないわ。それに、美しいわたくしと違って特に印象にも残らないような平凡な小娘なのだから、死体や身代わりなんてすぐに見つけられるでしょうし」
(自分が気に入らない者を排除する為なら、関係のない者を殺める事すら辞さないのか。全く、この女ほど聖女という肩書にそぐわぬ者はおらぬだろうよ)
エリアナの狂気めいた嫉妬心にギュントは閉口したが、彼女が暴走しないよう釘をさす事は忘れなかった。
「魔物は女魔導士が召喚したという設定は、禁忌魔法を使った事を気取られぬために使えるかもしれん。だが、身代わりを用意する事は許さん。もし万が一そこから足が付いたらどうする」
「でも‥‥‥」
「いいか、これ以上勝手な事をするのは許さん。わしが指示するまで、お前は絶対に動くんじゃないぞ。次に相談もなく勝手な行動に走った時は、たとえ実の姪のお前といえども容赦はしない。その事をよく肝に銘じておけ。わかったな?」
「わ、わかったわ」
底冷えするような声で釘を刺されたエリアナは思わず身をすくめた。彼女が今、聖女という揺るぎない地位にいられるのは、目の前にいる叔父の手腕の賜物だが、身内でありながら腹の底では何を考えているのかわからないこの男が、エリアナは心底苦手だった。
「‥‥‥つくづく愚かな女だ。不出来な弟によく似て、利用価値があるのは容姿だけで、頭のほうは空っぽで全く使えん」
エリアナが部屋を出て行った後、大司教ギュントは豪奢なソファにもたれかかると、苦々し気に吐き捨てた。
常に自分が賢いと思い込んでいる姪は、きっと自分の嘘が見破られるはずがないと思い込んでいるのだろう。しかし、彼はエリアナが魔導学院に出向いた理由を正確に把握していた。
(ふん。女魔導士本人が気になったのでなく、懸想しているロイスレントの若造がその女と会うのが許せずに邪魔をしに行ったのだろうに)
レイザックが学院を訪ねる日をわざわざエリアナが調べさせていた事は、すでに彼女付きの侍女から報告が上がっている。
授与式に押しかけようとしたが間に合わなかったため、女魔導士に直接会ってレイザックに近づかぬよう、それとなく釘を刺しておくつもりだったに違いない。
かつて精霊教会内で蔓延っていた寄付金絡みの腐敗を正した元・宰相の父にならい、教会にへつらう事を良しとせず、隙あらば監査を入れようとしてくるレイザックは、ギュントにとって目の上のたんこぶだった。
エリアナが、そのたんこぶに想いを寄せている事を知った当初は眉をひそめていたが、首尾よくレイザックを篭絡できるのならばむしろ好都合だと考え直し、時にはお膳立てまでして彼女の好きにさせてきた。ところが、いまだにレイザックがエリアナに靡いたという噂は聞こえてこない。どうやら若き宰相の女嫌いは筋金入りのようだった。
これ以上レイザックを篭絡しようとするのは聖女としての品位を損ないかねない、と彼への接触を禁じようとした矢先に今回のような事態が起こってしまったのは、ギュントにとって全く予想外の事だった。




