番外編2 28才の提案、17才の誘惑
「たまたま見かけただけで、別に西山の交友関係に口出しするつもりはないから」
そう言いながら、思いっきり口出ししているような状況なのだが……。
下手な言い訳にもならず、うなだれた様子で準備室の中に入ると、彼女が少し真面目な顔で口を開いた。
「駅まで一緒に帰っただけです」
「いや、だから……」
西山には自由に高校生活を送って欲しいと言おうとしたが、西山はちょっと唇を尖らせてこう言った。
「もう二人っきりでは帰りません。今度から友達呼んでみんなで帰る事にします。私も、先生が他の女の人と歩いてるのとか見たら、たぶんすごく悲しくなるから」
この子は、そんな表情で何てこと言うんだ。何かをわし掴みにされたような衝撃に必至で耐える。
「だから、先生もこれから不自然な用事を頼むのはやめてくださいね。噂になるのは避けたいので」
ぐうの音も出ない正論に、俺はただ黙ってうなずくしかなかった。
このままでは教師としてあまりにも不甲斐ないので、彼女が安心して充実した高校生活を送れるようにと、改まって西山に向き合い真剣な口調で語り始める。
「西山には、学生でいられるうちに色んな奴と交流して、自分の世界を拡げて欲しいと思ってる。来年は受験だから勉強も大事だけど、西山が遊び過ぎて問題を起こすという心配はしていないし、そこは信用している。だから、気にせず安心して充実した高校生活を送ってくれるのが、先生は一番嬉しい」
やっと、西山にまともなことを言えたような気がした。そして、俺は散々思い悩みつつもずっと提案しようと思っていたことを彼女に打ち明けた。
「でも、西山が不安になったり、思い悩んだりする時もあると思う。そんな時は、話くらいは聞いてやれるかと思うから、その連絡先ぐらいは交換しとくか?」
純粋に心配しての事である。西山が困っていたり、悩んでいたらせめて一言励ましてやるくらいなら許されるのではと考えていたが、彼女がしばらく考え込んだあとペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい」
彼女のまさかの返事に、膝から崩れ落ちそうになり咄嗟に近くの机に手をつく。心のどこかでメールくらいなら大丈夫だろうと考えていた自分が恥ずかしい。
「嫌だった…? もしかして、ウザい?」
「そうじゃないです! すごく嬉しいです。けど……もしそれが万が一バレたら全部駄目になっちゃうから……。それだけは、絶対に嫌なので」
確かに、このご時世教師と個人的なやりとりは問題になるケースが多い。
「それに、連絡先を知っちゃったらメールするの我慢できなくなると思うし、気になって勉強に手が付かなくなって先生に呆れられたら困ります……」
純情な気持ちを口にしながら非常に冷静な彼女の判断は、俺なんかよりはるかに大人で目が覚めるような気がしたのも束の間、おもむろに西山から一通の封筒を渡たされた。
「だから先生、はい、これ!」
それは、のちに俺が勝手に名付けた、西山からの「小悪魔の誘惑」である。
「こ、これは…?」
何だかとんでもない物を受け取ってしまったような気がして、胸がざわつく。
「私の連絡先です。私が先生の貰っちゃうと我慢できなくなるから、先生が私の持っていてください」
「え……」
「お守りみたいなものです。とりあえず連絡先の交換は卒業してからということでお願いします。それまで私の方はこれで我慢します」
そう言った西山の手には、俺が貸したハンカチが握られていた。
そして、彼女が颯爽と準備室から出て行こうとして、ふと振り返った。
「卒業するまで開けちゃだめですよ、先生」
いつか見たはにかみながらもどこか茶目っ気を含んだ彼女を目の当たりにして、俺は彼女が出て行った扉と手の上の封筒を交互に見やる。
果たして、これを西山が卒業するまで、我慢して開けずにいられるだろうか。
こうして、すっかり立場が逆転してしまったような俺と西山の新たな日常が始まった。
きっと、彼女が成人するまでこんな調子で過ごすハメになりそうだ。けれど、それも悪く無いかもと頭の片隅で想う自分がいた。
吉井先生は、これからも西山あかりが成人するまでの3年間、彼女の無自覚な小悪魔ぶりに翻弄されることになると思います。
ひとまず「白衣に残る君の温もりを」はこれでひと区切りとなります。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。