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第97話 聖炎の覚醒

火の神殿アグニ・ゼル――。


紅蓮と黒炎がぶつかり合う終末の戦場。


黒炎竜は咆哮し続けている。


グレンディアは裁定を進めている。


そして――


壊れた騎士バルグラドは、揺れていた。


世界そのものが変わろうとしていた。


だが、その中心で。


最も大きく変わろうとしている者がいた。


イグニアだった。


ドクン。


胸の奥が鳴る。


心臓ではない。


もっと深い場所。


魂そのものが脈打っていた。


「うっ……!」


イグニアは胸を押さえる。


苦しい。


熱い。


痛い。


なのに――


不思議と怖くなかった。


『あなたは触れた』


フレイアの声が蘇る。


『次に会う時、あなたは“火”になる』


その言葉が脳裏で響く。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


胸元の紋章が光を増していく。


紅蓮の光。


温かい。


優しい。


けれど強い。


まるで誰かが背中を押してくれているようだった。


「イグニア!」


リナが駆け寄る。


だが、イグニアは返事をしない。


その瞳は、黒炎竜を見つめていた。


『ガァァァァァァァァッ!!』


苦しみの咆哮。


怒りではない。


悲鳴だった。


理性を失いながらも、なお抗い続ける魂の叫び。


その姿を見た瞬間――


イグニアの胸が締め付けられる。


「父様……」


ルシエルが震えている。


涙を堪えている。


助けたい。


なのに届かない。


その姿が痛かった。


苦しかった。


そして――


許せなかった。


「返して」


小さな声。


誰にも聞こえないほど小さい。


だが、その言葉には確かな熱が宿っていた。


「返してよ……」


紅蓮の紋章が強く光る。


「父様を……」


熱が溢れる。


炎ではない。


感情だ。


悲しみ。


願い。


希望。


諦めない心。


それら全てが混ざり合う。


「返してぇぇぇぇぇっ!!」


叫びと同時に――


轟ッ!!


紅蓮の炎が天へ噴き上がった。



「なっ……!?」


エリオスが目を見開く。


セレフィーナも息を呑む。


レオンですら驚きを隠せない。


イグニアの身体が紅蓮に包まれている。


だが燃えていない。


傷ついていない。


むしろ――


炎そのものがイグニアを守っていた。


セインの瞳が細まる。


「そうか……」


「それが、君の火か」


黒炎ではない。


破壊ではない。


燃やし尽くす力でもない。


誰かを想う心。


誰かを救いたい願い。


その全てが形になった炎。


フレイアの声が響く。


『情熱』


『それが、あなたの加護』


ドクン。


紅蓮の紋章が完全な形を描く。


その瞬間――


イグニアの背後に巨大な炎の翼が現れた。


リナが息を呑む。


「綺麗……」


まるで朝日だった。


絶望に覆われた世界を照らす光。


暖かく。


優しく。


そして強い。


黒炎竜が咆哮する。


『ガァァァァァァァァッ!!』


黒炎が押し寄せる。


空を覆い尽くす絶望の奔流。


誰もが身構えた。


だが、イグニアは前へ出る。


たった一人で。


「大丈夫」


静かな声。


その瞳に迷いはない。


「父様はまだいる」


ルシエルが顔を上げる。


イグニアは微笑んだ。


「絶対に助ける」


そして拳を握る。


紅蓮の炎が集まる。


圧縮される。


凝縮される。


炎が一つの拳になる。


セインが目を見開く。


「まさか……」


フレイアの声が響く。


『想いを燃やしなさい』


『怒りではなく』


『希望を』


イグニアが叫ぶ。


「聖炎拳――」


「セレスティアル・イグニッション!!」


轟ォォォォォォォォォッ!!


紅蓮の拳が放たれる。


それは破壊の技ではなかった。


救済の一撃だった。


黒炎の海を切り裂き、


絶望を押し返し、


真っ直ぐ黒炎竜の胸へ届く。


ドォォォォォン!!


世界が震える。


その瞬間、黒炎竜の瞳が揺れた。


『……イ……グ……ニア……?』


リナが息を呑む。


ルシエルの目から涙が溢れる。


「父様……!」


届いた。


確かに届いた。


理性を失ったはずの竜王へ。


娘の想いが、黒炎竜の胸に小さな紅蓮の光が灯る。


消えそうなほど小さい。


けれど確かに存在する炎。


セインが静かに呟く。


「裁定が変わる……」


グレンディアの黄金の瞳が細められる。


裁定者が反応したのは、初めてだった。


そして、誰にも見えない場所でーー


フレイアが微笑む。


『よくできました』


その声は優しかった。


母のように。


姉のように。


遠い昔から見守り続けていた者のように。


だが――


次の瞬間、バルグラドの表情が変わる。


黒炎竜の胸に灯った紅蓮を見て。


彼は思い出してしまう。


千年前、自分が守れなかったものを。


「……フレイア」


震える声。


そして戦場の空気が変わる。


誰も気づいていない。


だが確実に。


ネメシスの侵食が――。


動き始めていた。


第97話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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