第94話 守護神獣グレンディア
火の神殿アグニ・ゼル――。
そこは、もはや戦場という言葉では足りなかった。
黒炎と紅蓮が衝突し続けた結果、大地は半分が消失し、もう半分は“焼けたまま停止している”。
時間が壊れたような空間だった。
ゴォォォォォォォォッ!!
黒炎竜の咆哮が再び空を裂く。
その声だけで、空間が軋む。
リナは膝をつきかけ、レオンが即座に腕を掴んだ。
「耐えろ!」
「意志に呑まれるな!」
だがアルは違うものを見ていた。
「これ……力じゃない」
低く呟く。
「“存在の押し付け”だ」
その言葉にエリオスが息を呑む。
「存在……?」
「そんなの、防げるわけ……」
セレフィーナが即座に結界を重ねる。
しかし次の瞬間――
バチィィィィッ!!
結界が“内側から焼かれるように”崩壊した。
「っ……!」
セレフィーナの顔が青ざめる。
「外からの攻撃じゃありません」
「世界そのものが拒絶している……!」
その時だった。
ズン。
空気が変わる。
熱ではない。
圧でもない。
“静寂”。
戦場の中心に、不自然なほどの静けさが落ちた。
リナが顔を上げる。
「……え?」
黒炎が、一瞬止まっている。
いや――止められている。
まるで“見えない何か”に。
セインが小さく呟いた。
「……来る」
その声は、わずかに緊張を帯びていた。
バルグラドが肩を回す。
「おいおい」
「まだ奥があんのかよ、この神殿」
その瞬間。
ドクン。
火の神殿が――鼓動した。
地面が“心臓のように”鳴る。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
それは地震ではない。
“意志”だった。
リナが息を呑む。
「神殿が……動いてる?」
セインは視線を前から外さない。
「いや」
「目を覚ました」
その言葉と同時に――
大地に亀裂が走った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
黒炎と紅蓮の戦場の“中心”。
そこに、深い穴が開く。
いや、違う。
これは“開いた”のではない。
“開かされた”。
空間そのものが割れていく。
そして――
現れた。
最初に見えたのは、巨大な影だった。
次に、炎。
そして最後に――
“瞳”。
紅蓮の奥に宿る、冷たい黄金。
その存在は、ただそこに立っているだけで、黒炎の圧を“下に押し込んでいた”。
リナが言葉を失う。
「……なに、これ……」
エリオスが震える声で呟く。
「魔獣……じゃない」
セインが静かに答える。
「守護神獣」
「グレンディア」
その名が落ちた瞬間――空気が変わる。
黒炎竜が一歩、後退した。
『……ッ!?』
初めて見せる“反応”。
恐怖ではない。
理解。
「これは敵だ」と本能が判断している。
グレンディアは動かない。
吠えない。
威嚇しない。
ただ――黒炎竜を見ている。
その“壊れかけた存在”を。
バルグラドが低く笑う。
「へぇ……」
「これが神殿の番犬か」
セインが即座に睨む。
「番犬じゃない」
「裁定者だ」
その言葉に空気が凍る。
グレンディアが一歩踏み出す。
ドン。
たった一歩。
それだけで大地が沈む。
だが、破壊ではない。
“規定”。
世界がその存在を認識し直すような圧。
リナが息を呑む。
「……これ、攻撃じゃない」
セインが頷く。
「違う」
「“判断”だ」
その瞬間、グレンディアの周囲に、紅蓮の紋章が展開される。
それは炎ではない。
“法”。
空間が書き換わっていく。
黒炎の流れが止まる。
いや――
“止められている”。
黒炎竜が吠える。
『ガァァァァァァァァッ!!』
だが、その声すら届かない領域がある。
グレンディアは、さらに前へ。
ドン。
もう一歩。
そのたびに黒炎の“領域”が削られていく。
バルグラドが口笛を吹く。
「おいおい」
「俺も対象かよ」
その瞬間――グレンディアの視線がバルグラドへ向いた。
空気が凍る。
リナが息を呑む。
「見てる……」
セインが小さく舌打ちする。
「最悪だ」
バルグラドは笑う。
「いいねぇ」
「やっと面白くなってきたか」
次の瞬間――
ゴォォォォォォォォッ!!
紅蓮の柱が天へ突き上がる。
空間が“圧縮”される。
黒炎竜とバルグラド、その両方を囲むように。
リナが叫ぶ。
「なにこれ……戦いじゃない!」
セインが答える。
「違う」
「“選別”だ」
その言葉に、全員が凍る。
黒炎竜が暴れる。
バルグラドが笑う。
だがグレンディアは、揺れない。
ただそこにある。
それだけで“世界が従う”。
そしてその中心で――
イグニアの胸元が、微かに光った。
リナが気づく。
「イグニア……?」
イグニアは震えていた。
だがその目は、戦場ではなく“奥”を見ている。
(誰かが……いる)
(この火の奥に)
その感覚だけが、確かにあった。
フレイアの気配。
まだ言葉にはならない“記憶の残響”。
セインが小さく呟く。
「……神殿が選ぶんだよ」
その声は、誰にも届かない。
グレンディアは、もう一歩踏み出す。
裁定が――。
下ろされようとしていた。
第94話 終わり
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
Xでは『白猫フェルと森の薬師』のキャラクターイラストなどを投稿しています。
作品とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。
X:https://ncode.syosetu.com/n7053ma/ #narou
#narouN7053MA




