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第91話 紅蓮の情熱

火の神殿アグニ・ゼル――。


黒炎竜の咆哮が、世界を引き裂いていた。


ゴォォォォォォォォッ!!


空間が歪み、大地が軋む。


もはや戦闘ではない。


“災害”だった。


「押さえろ!!」


レオンの声が飛ぶ。


アルが地面に剣を突き刺し、衝撃を受け止める。


エリオスが風壁を展開する。


セレフィーナが結界を重ねる。


だが――


バルグラドの一撃がそれを嘲笑うように世界を揺らした。


ドォン!!


「遅ぇんだよ」


黒鉄の戦鬼は笑う。


「壊れる前に守るとか、甘いこと考えてんじゃねぇ」


黒炎竜が咆哮する。


『ガァァァァァァァァッ!!』


その瞬間――イグニアの胸が強く跳ねた。


ドクン。


「……っ」


視界が揺れる。


炎が“呼吸”する。


さっき見たものが蘇る。


フレイアの声。


守れなかった騎士。


燃え尽きた火の姫。


(火は……記憶)


(火は……守れなかったもの)


その瞬間――黒炎竜の叫びが重なる。


『イグ……ニア……!』


その声は、悲鳴だった。


イグニアの中で何かが切れる。


「……やめて」


小さな声。


だが、確かに“怒り”が混じっていた。


リナが振り返る。


「イグニア……?」


その瞬間だった。


ゴォォォォォォォォッ!!


イグニアの身体から炎が噴き上がった。


だが――黒炎ではない。


“紅蓮”。


純粋な赤。


優しく、激しく、震える炎。


セインが目を細める。


「……来たね」


バルグラドが笑う。


「面白ぇ」


イグニアは立ち上がる。


震えている。


怖い。


でも――


目を逸らさない。


黒炎竜を見上げる。


「父様……」


その声に、黒炎竜の動きが一瞬だけ止まる。


『……ル……シエル……』


その隙間に、フレイアの声が重なる。


(思い出しなさい)


(火は“壊すため”じゃない)


(“想いを残すため”)


イグニアの胸が痛いほどに熱くなる。


でも、それが消えない。


むしろ強くなる。


「私は……」


「守りたい」


その瞬間――紅蓮の紋章が弾けた。


ドクン!!


空気が変わる。


セインが息を呑む。


「……発現した」


リナが叫ぶ。


「イグニア!!」


イグニアの背後に炎が形を持つ。


それは剣でも盾でもない。


“揺れる光”。


感情そのもの。


フレイアの声が響く。


『それが火の加護』


『情熱』


世界が静止する。


アルが呟く。


「……加護って、強くするんだな」


エリオスが震える。


「魔法じゃない……その人が持つ概念です……」


レオンが剣を握り直す。


「来るぞ」


黒炎竜が動く。


だがその瞬間――


イグニアが一歩踏み出した。


紅蓮の炎が揺れる。


「父様を……」


「止める」


その言葉と同時に――


炎が“意思”を持った。


ゴォォォォォォォォッ!!


黒炎と紅蓮がぶつかる。


衝撃。


だが――押し負けない。


むしろ、食い込む。


バルグラドが笑う。


「いいじゃねぇか」


「やっと戦場らしくなってきた」


セインは静かに呟く。


「……始まったな」


紅蓮の光の中で、イグニアは泣きそうな顔で笑った。


「これが……私の火」


「情熱の火」


黒炎竜が吠える。


『ガァァァァァァァァッ!!』


だが、その声はもう“完全な暴走”ではなかった。


わずかに揺れている。


迷いがある。


イグニアは気づく。


(まだ……届く)


紅蓮の炎がさらに強くなる。


火の神殿が震える。


まるで――


“応えている”ように。


黒炎と紅蓮がぶつかり合う中心で、世界だけが静かに息をしていた。


それは勝利でも、敗北でもない。


ただ――“何かが目を覚ました”という事実だけが残っていた。


第91話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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