第9話 精霊に愛された少女
王都アルディアの広場は――騒然としていた。
石畳に残る、黒い瘴気の痕跡。
その中心に立つ、一人の少女。
ざわめきが、波紋のように広がっていく。
「今の……見たか?」
「魔物が……浄化された……?」
「いや、違う」
「魔法じゃない……あれは……光だ」
誰もが、信じられないものを見る目で少女を見つめていた。
――リナ。
銀色の長い髪が風に揺れ、陽の光を受けて淡く輝く。
透き通るエメラルドの瞳。
だが、その本人は――
「……え?」
ぽかん、と立ち尽くしていた。
(わたし……何したの?)
ただ、
苦しそうに暴れていた魔物を見て――
助けたい、と思った。
それだけ。
そのときだった。
倒れていた魔物が、ゆっくりと起き上がる。
「……!」
人々が一斉に身構えた。
だが――
魔物を覆っていた黒い霧は、もうどこにもない。
魔物は混乱したように周囲を見回し、
低く鳴いて――
そのまま森の方へと逃げ去っていった。
一瞬の静寂。
そしてーー
「……瘴気が、消えた」
「浄化……だと?」
「そんな……本当に……」
ざわめきが、一気に広がる。
レオンは剣を静かに鞘へ収め、小さく息を吐いた。
そして、リナを見る。
「……すごいな」
ぽつりと、呟く。
「今の、君の力か?」
「ち、違うよ!」
リナは慌てて首を振る。
「私、何もしてないし……!」
アルが腕を組み、じっとリナを見据える。
「いや」
「どう見てもお前だろ」
その声は冷静だが、視線は鋭い。
腕の中で、白い猫が尻尾を揺らした。
フェルだ。
『精霊が集まっていた』
静かな声が、リナにだけ届く。
『常人には起こり得ぬ現象だ』
「精霊……?」
リナが呟いた、その瞬間。
ふわり。
空気が、やわらかく揺れた。
小さな光が現れる。
淡く、優しく揺れる光。
それが、リナの肩の周りをくるくると回り始めた。
「……見える」
誰かが、息を呑む。
「精霊だ……」
「本当に……?」
王都アルディアにおいて、精霊は伝承の存在だ。
見ることができる者など、ほとんどいない。
だが今――
確かに、そこにいた。
小さな光の精霊が。
「……おい」
アルが低く言う。
「なんか、増えてないか?」
その言葉通り。
一つだった光は、いつの間にか――三つに増えていた。
ふわり、ふわりと舞う光。
風の精霊。
水の精霊。
火の精霊。
そして大地の精霊。
小さな存在たちが、楽しげにリナの周囲を踊っている。
まるで――祝福するかのように。
フェルが、静かに言った。
『やはり』
『精霊に愛されている』
その一言で空気が変わった。
精霊に愛される者。
それは、伝承にしか現れない存在。
世界に調和をもたらす者。
あるいは――
世界を変える者。
重い足音が響いた。
鎧の音。
人々が自然と道を開ける。
現れたのは――
王都騎士団。
先頭の男が、リナの前で立ち止まる。
鋭い目、研ぎ澄まされた気配。
「君が」
低く、問う。
「先ほどの浄化を行ったのか?」
リナは、少し戸惑いながら答える。
「……たぶん」
騎士の目が、わずかに見開かれた。
その時ーー
「ふぁ……」
間の抜けた声。
フェルが、あくびをした。
騎士の視線が向く。
「……猫?」
フェルはリナの腕の中で丸くなる。
――ただの猫。
そう見える。
だが、その金色の瞳が、ほんの一瞬だけ開いた。
騎士を見据える。
その瞬間、背筋に冷たいものが走る。
(……なんだ、この圧は)
まるで――
“格上”に見下ろされたような感覚。
次の瞬間には、もう消えていた。
フェルは再び目を閉じる。
何もなかったかのように。
騎士は小さく咳払いをした。
「……失礼」
そして、リナへ向き直る。
「我々は王都騎士団だ」
「少し話を聞かせてもらえるだろうか」
その瞬間、レオンが一歩前に出る。
「俺が保証する」
騎士の表情が変わった。
「……これは」
「騎士団長殿」
「彼女は悪いことはしていない」
騎士は、深く頷く。
「はっ、存じ上げております」
そして――
リナを真っ直ぐ見つめた。
「むしろーー」
「君は、この街を救った」
広場が、どよめく。
王都の空気が、確かに変わっていく。
誰も、まだ知らない。
この少女が――
王都の運命を、大きく変える存在であることを。
そして、遠く離れた場所で。
その“光”を感じ取った者がいることを。
深い闇の中、静かな声が響く。
「……見つけた」
ゆっくりと開く、赤い瞳。
「精霊に愛された者」
低く、愉悦を含んだ声。
「ようやく現れたか」
世界が――
静かに、動き出す。
第9話 終わり
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