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第86話 大地の番人

灼炎地帯ラグナロア――。


熱風が吹き荒れる中、大地が唸り声を上げた。


ゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!!


セインが魔導斧を地面へ軽く打ち付けた瞬間、無数の岩槍が空へ向かって突き上がる。


まるで巨大な獣の牙だった。


「っ!!」


リナが息を呑む。


数が違う。


規模が違う。


水神殿で戦った魔獣たちとは比較にならない。


大地そのものが敵になっている。


「下がれ!」


レオンが叫ぶ。


直後――


ドォン!!


岩槍が降り注いだ。


アルが剣を振るう。


キィィィン!!


鋭い斬撃が岩槍を両断する。


だが次の瞬間、砕けた岩が再び集まり、新たな岩槍へと変化した。


「再生してます!」


エリオスが風刃を放つ。


轟風が岩群を吹き飛ばす。


しかし――。


ゴゴゴゴ……。


地面から次々と岩が生まれる。


終わらない。


まるでこの大地そのものがセインの身体だった。


「無駄だよ」


セインは静かに言う。


「ここは俺の領域じゃない」


「この土地そのものが、そう望んでいる」


その言葉にセレフィーナが目を見開く。


「まさか……」


「神殿と同調しているのですか?」


セインは苦笑した。


「半分だけね」


「長く居すぎたんだ」


その笑顔は寂しかった。


どこか諦めた人間の顔だった。


その時、ルシエルが前へ出る。


「どいて」


静かな声だった。


だが、その瞳には強い意志が宿っている。


セインは視線を向けた。


「行くのかい?」


「行く」


即答だった。


「父様が待ってる」


熱風が吹く。


沈黙。


セインはルシエルを見つめていた。


その紫銀の瞳を、どこか懐かしそうに。


「……似てるな」


小さく呟く。


「え?」


ルシエルが首を傾げる。


だがセインは首を振った。


「いや」


「独り言だよ」


その時だった。


隣にいたイグニアが胸を押さえた。


「うっ……」


「イグニア!?」


リナが駆け寄る。


イグニアの額には汗が浮かんでいた。


呼吸も荒い。


「熱い……」


「苦しい……」


その小さな身体から、微かに紅い光が漏れている。


フェルが低く唸る。


『始まったか』


全員が振り返る。


『火の神殿が反応しておる』


『竜王の血に』


イグニアの身体が震えた。


まるで何かが呼んでいる。


遥か遠く、火の神殿の方向から。


「父様……」


無意識に零れた言葉。


その瞬間だった。


ゴォォォォォォォッ!!


遠方で巨大な黒炎が噴き上がった。


天を貫くほどの炎柱。


空が赤黒く染まる。


全員の表情が変わる。


あまりにも巨大な魔力。


まるで災害そのものだった。


セインの顔から笑みが消える。


「……まずい」


余裕ある表情から、焦りに変わる。


「何が起きたの!?」


リナが叫ぶ。


セインは黒炎を見つめたまま答える。


「竜王だ」


空気が凍る。


ルシエルの顔色が変わった。


「父様……!?」


「侵食が進んでる」


セインの声は重かった。


「このままだと完全に飲み込まれる」


イグニアの瞳から涙が零れた。


「そんな……」


その時だった。


遥か彼方から。


咆哮が響く。


『ガァァァァァァァァァァァッ!!』


世界が震えた。


苦しみ。


怒り。


悲しみ。


すべてが混ざった叫び。


それは間違いなく――


竜王だった。


ルシエルが駆け出そうとする。


「父様!!」


だが。


ドン――。


セインが前に立つ。


「行くな」


低い声。


ルシエルが睨みつける。


「どいて!」


「今行っても死ぬだけだ」


即答だった。


「っ……!」


ルシエルの瞳が揺れる。


セインは静かに続けた。


「君たちはまだ知らない」


「火の神殿で何が起きているのか」


熱風が吹き抜ける。


「……だから」


そして、セインはゆっくり目を閉じた。


「……俺も行く」


全員が驚いた。


「え?」


リナが目を丸くする。


セインは苦笑した。


「本当は関わりたくなかったんだけどね」


そう言いながら、彼は黒炎を見上げる。


その瞳に宿るのは恐怖ではない。


後悔だった。


「でも」


「今度こそ、逃げたくない」


その言葉に、アルの目が細まる。


「今度こそ?」


セインは答えない。


ただ魔導斧を肩へ担いだ。


そして振り返る。


「火の神殿まで案内する」


「ただし――」


琥珀色の瞳が真剣になる。


「この先で見るものは」


「君たちの想像より、ずっと残酷だ」


ゴォォォォォォォ――――ッ!!


再び黒炎が天を貫く。


その炎の中でーー。


誰かが笑った気がした。


低く。


獰猛に。


楽しむように。


セインの表情が険しくなる。


「……バルグラド」


その名を聞いた瞬間。


フェルの瞳が細まった。


『堕精四騎か』


「最悪の相手だよ」


セインは呟く。


「アイツは壊すことしか考えていない」


そして、誰にも聞こえないほど小さな声で続けた。


「……昔からな」


熱風が吹く。


火の神殿アグニ・ゼル。


その巨大な黒曜石の神殿が、ついに地平線の向こうに姿を現した。


そして――


その門の前には。


黒炎に包まれた巨大な影が立っていた。


竜のような姿。


だが、どこか歪んでいる。


ルシエルの心臓が大きく跳ねた。


知らないはずなのに、魂が理解していた。


あれは――。


『父様……?』


火の神殿アグニ・ゼルーー。


最大の悲劇が、静かに幕を開けようとしていた。


第86話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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