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第85話 灼炎地帯ラグナロア

第85話 灼炎地帯ラグナロア


火の神殿アグニ・ゼルへ続く道――。


そこは、もはや人の住む世界ではなかった。


ゴォォォォォ……。


熱風が吹き荒れる。


大地は赤黒く焼け焦げ、無数の亀裂から灼熱の蒸気が噴き上がっていた。


空を覆う灰雲は太陽の光を遮り、昼であるはずなのに世界は薄暗い。


時折、雲の奥で紅い稲妻が走る。


まるで世界そのものが苦しんでいるようだった。


「……暑い」


リナが額の汗を拭う。


息を吸うだけで肺が焼けそうだ。


隣を歩くセレフィーナが静かに首を振る。


「これは自然の熱ではありません」


「神殿核から漏れ出した魔力です」


「火の神殿の侵食が周辺環境を変質させています」


エリオスが空を見上げた。


「神殿の影響だけで、ここまで……?」


その声には隠しきれない緊張が滲んでいる。


セレフィーナは小さく頷いた。


「水神殿より深刻です」


「おそらく神殿内部はさらに危険でしょう」


重い沈黙が落ちた。


誰もが理解していた。


これまでの戦いとは違う。


火の神殿は、間違いなくこれまでで最も危険な場所になる。


その時だった。


『止まれ』


フェルの声が響く。


全員が即座に足を止めた。


次の瞬間――


ドゴォォォォォンッ!!


前方の地面が爆発した。


灼熱の炎柱が空高く吹き上がる。


「きゃっ!?」


リナが思わず身を縮める。


爆発は一度では終わらない。


ドンッ!


ドゴンッ!


次々と地面が裂け、炎が噴き出していく。


まるで地下を巨大な生物が走り回っているかのようだった。


「危険です!」


セレフィーナが即座に結界を展開する。


淡い光の膜が一行を包み込んだ。


直後、噴き出した炎が結界へ激突する。


バチバチッ!!


激しい火花が散った。


結界越しでも熱が伝わってくる。


「こんなのが続くのかよ……」


エリオスが顔を引きつらせた。


その時だった。


「ここから先は危ないよ」


穏やかな声が響く。


全員が反射的に振り返る。


前方の岩壁の上。


そこに一人の青年が立っていた。


紺色の髪。


琥珀色の瞳。


肩には巨大な魔導斧。


だが、その表情は不思議なほど穏やかだった。


まるで旅人へ道案内でもするかのような顔。


「……誰だ」


レオンが鋭く問いかける。


青年は少し困ったように笑った。


「初めまして、かな」


「俺はセイン」


風が吹く。


熱風の中で、彼の髪が揺れた。


「火の神殿アグニ・ゼルの管理者代理をしている」


その言葉に、一行の空気が変わる。


神殿の管理者。


つまり、この先へ進むためには避けて通れない存在だ。


レオンは静かに剣の柄へ手を置いた。


「通してもらう」


短い言葉。


だが迷いはない。


セインは苦笑した。


「うーん……」


「それは難しいかな」


次の瞬間――


ズンッ。


空気が沈んだ。


「……っ!」


リナの身体が重くなる。


足が地面へ引き込まれるような感覚。


エリオスが顔色を変えた。


「な、何ですかこれ……!?」


「重力……?」


セレフィーナの表情も険しい。


「違います」


「地脈支配です」


「周辺一帯の地属性魔力が掌握されています」


リナは息を呑んだ。


地面そのものが敵になったような圧迫感。


これほどの力は見たことがない。


セインは肩をすくめる。


「そんなに警戒しなくてもいいよ」


「別に戦いたいわけじゃない」


だが、その言葉とは裏腹に、彼の周囲には圧倒的な魔力が渦巻いていた。


レオンもアルも、一切警戒を解いていない。


その時、セインの視線がアルへ向いた。


そして――ほんの一瞬だけ表情が変わる。


「……へぇ」


琥珀色の瞳が細められた。


「珍しいな」


「まだ生き残りがいたんだ」


アルの眉が僅かに動く。


「何の話だ」


セインは少しだけ笑った。


だが、その笑みはどこか寂しげだった。


「いや」


「独り言」


それ以上は語らない。


だがリナは気づいた。


今の反応、セインはアルの正体を知っている。


精霊騎士。


千年前に滅んだはずの存在を。


その時だった。


遥か前方――


ゴォォォォォォォォッ!!


巨大な黒炎が空へ噴き上がった。


空が赤く染まる。


大地が震える。


まるで火山が爆発したかのような衝撃。


だが違う。


あれは生きた魔力だ。


「なっ……!?」


リナが息を呑む。


セレフィーナの顔色が変わる。


フェルの瞳が鋭く細められた。


そして――


ルシエルとイグニアが同時に胸を押さえる。


「……っ!」


「苦しい……」


二人の顔が青ざめていく。


まるで何かに呼ばれているように。


その黒炎の中心から、圧倒的な威圧感が広がっていた。


セインはそれを見上げながら、小さく呟く。


「……始まったか」


その声に、これまでの余裕はなかった。


レオンが問う。


「あれは何だ」


セインはしばらく黙り込む。


そして静かに答えた。


「この先で待っている地獄だよ」


熱風が吹き抜ける。


黒炎が天を焦がす。


その炎の向こうにあるものを、セインは知っている。


だからこそ、彼は一行を止めようとしているのだ。


「今ならまだ引き返せる」


セインが言う。


だが、レオンは迷わなかった。


「断る」


ルシエルも前を向く。


「父様がいる」


イグニアも小さく頷いた。


「行かなきゃ」


リナも拳を握る。


仲間を助けるために。


救うために。


ここまで来たのだから。


セインはそんな彼らを見つめ――


そして、ほんの少しだけ笑った。


「そういう目か」


琥珀色の瞳に、微かな懐かしさが宿る。


だが次の瞬間、彼は巨大な魔導斧を静かに構えた。


ズン――。


大地が唸る。


「なら」


「まずは俺を越えていけ」


その言葉と同時に、無数の岩槍が大地から突き上がった。


火の神殿アグニ・ゼル。


その門へ辿り着くための最初の試練が、今始まろううとしていた――。


第85話 終わり

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


Xでは『白猫フェルと森の薬師』のキャラクターイラストなどを投稿しています。

作品とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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