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第63話 星に願うもの

王都アルディアの天空王船――


ルミナス・アルディア。


その船体は、夜の空を静かに滑っていた。


下には雲海。


上には月と、無数の星。


戦いの余熱だけが、まだ身体に残っている。


船内ではーー。


「これから水の神殿がある、ネレイディア大陸に向かいます」


セレフィーナが、静かに話を始める。


「そして、水の神殿に近い村に行き」


「そこから神殿に向かいます」


リナたちが、頷く。


「どのくらいで着くんだ?」


アルが問いかける。


「明朝、村の近くの湖に王船が着水する予定です」


セレフィーナは静かに返す。


「……それと」


「水の神殿、目前の村ーーリュミエル村では」


「数日前より、得体の知れない侵食を受けていると報告を受けています」


セレフィーナの声が低くくなった。


「侵食……」


レオンが呟く。


そしてーー


『おそらく、堕精四騎だろうな』


フェルが言う。


「……水と言えば」


エリオスが続ける。


「忘却の魔女ーーリヴィエラ」


ドクンッーー


なぜか、ルシエルの胸が脈打つ。


「……っ?」


その名が落ち、静まり返る。


「リヴィエラ……」


アルの顔が鋭くなる。


『精神を侵食する魔女だ」


リナが、息を飲む。


『飲み込まれると廃人となる』


船内の空気が静まる。


セレフィーナが切り出す。


「王都アルディアの騎士は」


「強靭な精神力を持ちます」


そして、リナを見る。


「必ず、お守りします」


セレフィーナはやわらかく、まっすぐ言う。


「……セレフィーナ様」


レオンは、ただ静かに頷いた。



そして、甲板ーー。


リナは、一人で空を見上げていた。


「……きれい」


思わず、零れる。


その瞬間、ふわりと肩に重みがかかる。


「冷えるぞ」


レオンだった。


自分の外套を、そっとかける。


リナは、少しだけ戸惑ってから笑う。


「……ありがとう、レオン」


すぐ隣に立ち、同じ空を見る。


「……また、怖くなっているのか」


低く、静かな声。


リナは、少しだけ考える。


そして、正直に答える。


「怖いよ」


レオンから視線を外し、星空を見つめる。


「やっぱり……誰かが傷つくのが怖い」


一度、言葉を止める。


「でも」


「それでも、助けたい」


夜風が、二人の間を通り抜ける。


レオンの視線が、わずかに揺れる。


「……リナは、すぐ無理をする」


短いけれど、深い言葉だった。


リナは、ふっと笑いレオンの顔を見る。


「レオンがいるなら、大丈夫」


その一言で、ほんのわずかに、時間が止まる。


レオンは視線を逸らさずに、


「……ああ」


そして、静かに続ける。


「……そばにいる」


それは、約束のようだった。


リナは何も言わない。


ただ、少しだけ笑って、また星を見る。


レオンは、その横顔をほんの少し長く見ていた。



船内――装備室。


ルシエルは、騎士服を手にしていた。


白を基調とした、王都の紋章を刻んだ装束。


軽いのに、重い。


「……これ、本当に僕が……?」


セレフィーナが、やわらかく頷く。


「はい」


「あなたの選んだ道、その証です」


ルシエルの指が、布を握る。


「……でも、やっぱり怖いです」


小さく、零れる。


セレフィーナは一歩だけ近づく。


「怖くていいのです」


穏やかにルシエルを見つめる。


「それでも進む者を――騎士と呼びます」


逃げ場のない、優しさ。


ルシエルは目を閉じる。


そして――開く。


「……僕……やります」


セレフィーナは微笑む。


「きっと似合いますよ」


まだ着ていないのに、未来を見ているように。



甲板の端ーー。


アルは、柵にもたれて月を見ていた。


「……静かすぎて、落ち着かねぇ」


ぼそりと呟く。


「本当に、そうですね」


隣に来たのはエリオスだった。


「ここ、いいですか」


「怖くて眠れないなら、いいぞ」


肩をすくめ、いつもの軽口で言う。


でも、どこか柔らかい。


少しの沈黙。


風が、通り抜ける。


エリオスが、小さく言う。


「……アルは、怖くないのですか」


アルは、少しだけ笑う。


「今さらだな」


そして、あっさりと続ける。


「怖いよ」


エリオスが、目を見開く。


アルは、月を見たまま言う。


「ただ」


少しだけ間を置く。


「逃げなかっただけだ」


エリオスは、ぎゅっと手を握る。


「……私も、そうなりたいです」


アルが、横を見る。


そして、軽く指でエリオスの額を弾いた。


「なりたい、じゃねぇ」


少しだけ、近い距離。


「もうなってんだよ」


「……っ」


エリオスの頬が、ほんのり赤くなる。


アルは気にせず笑う。


「いい顔してたぜ、あの時」


エリオスは、視線を逸らす。


でも――


「……嬉しいです」


小さく、確かに言った。


その横顔を見て、アルはほんの少しだけ、目を細めた。



離れた場所ーー。


フェルは、静かに目を閉じていた。


『……束の間だな』


『この温もりは』


誰にも届かない声。


風が、わずかに揺れる。



再び、甲板ーー。


リナは、まだ星を見ていた。


遠くて、届かなくて、それでも確かにある光。


「……全部、守りたいな」


小さな願い。


その時、隣でレオンが言う。


「なら」


ほんのわずか、間を置いて。


「離れるな」


短く、強い言葉。


リナは少し驚き、それから、やわらかく笑う。


「……うん」


その瞬間、胸の奥にわずかな違和感を感じた。


まるで、冷たい水のような感触。


「……?」


だが、すぐに消える。


気のせいだと、思った。



静かな夜を切り裂きながら、王船ルミナス・アルディアは進む。


この穏やかな時間が、どれほど尊いものか。


まだ、誰も知らない。


その先でーー。


すべてが揺らぐことを。


第63話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


もし「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけるととても嬉しいです!


このあとも物語が大きく動いていきますので、ぜひ引き続き読んでいただけたら嬉しいです!

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