第61話 還ってきた光
天空都市シルヴァリアーー。
静寂が、戻っていた。
崩れかけていた天空都市も、ようやく呼吸を取り戻している。
遠くで、誰かの泣き声がする。
――助かった者の、安堵の涙。
ーー失った者の、悲しみの涙。
けれどーーその中心で。
「……リナ……」
ルシエルは、動けなかった。
救護室。
白い布に包まれた小さな身体。
呼吸はある。
だが――目を閉じたまま、動かない。
「……お願い……」
かすれた声。
拳を握る。
あれだけの力で。
あれだけの想いで。
全部、守ったはずなのに。
「……目を開けてください……」
声が、震える。
その手が、リナの指先に触れる。
冷たい。
思わず、息が詰まる。
すぐそばで、レオンとアルが黙って見ている。
その時――
『まだ終わっておらん』
低く、落ち着いた声。
フェルだった。
その隣に、淡い風が揺れる。
そして――
もうひとつ。
大地の奥から響くような、重く穏やかな気配。
エリオスが、顔を上げる。
「……風と……」
ルシエルが、息を呑む。
「……もう一つ……これは……」
『光の守護神獣だ』
フェルが告げる。
『そして――風の守護神獣』
風が、優しく渦を巻く。
それは、あの神殿で解き放たれた存在。
二つの守護の力が、ゆっくりとリナへと集まる。
『足りぬのは――繋ぐ力だ』
フェルの金色の瞳が、ルシエルを見る。
『お前だ』
一瞬、言葉が理解できなかった。
「……僕が……?」
『お前の中にある“流れ”』
『あれは、境界を繋ぐ力だ』
ルシエルの胸が、強く鳴る。
思い出す。
あの瞬間。
すべてを“還した”あの感覚。
「……できるかな……」
『やるしかなかろう』
静かに言う。
迷いは、許されない。
ルシエルは、リナの手を握る。
震えは――もうない。
「……戻れ」
小さく、呟く。
風が、揺れる。
光が、重なる。
そして――
流れが、繋がる。
静寂が、落ちた。
次の瞬間、ぴくり、とリナの指が動いた。
「……っ!!」
エリオスが、息を呑む。
ゆっくりとまぶたが、震える。
そして――開いた。
「……ここ……」
かすれた声。
ルシエルの時間が、止まる。
「……リナ……?」
信じられないように、名前を呼ぶ。
リナは、ぼんやりと天井を見て、
そして、少しだけ笑った。
「……もう、大丈夫」
その一言で。
何かが、崩れた。
「……っ……」
ルシエルの目から、涙が落ちる。
止められない。
「……よかった……」
声にならない声。
肩が震える。
エリオスも、目を押さえる。
「……ほんとうに……よかった……」
アルが、ふっと息を吐く。
「……泣きすぎだろ」
わざと軽く言う。
「戻ってきたんだから、もっと喜べよ」
だがその目は、やわらかかった。
レオンは、何も言わない。
ただ――
少しだけ、肩の力を抜いた。
それを見て、アルがニヤッと笑う。
「一番心配してたの、お前だろ」
レオンの眉がわずかに動く。
「……黙れ」
短く返す。
そのやり取りに、空気が少しだけ緩む。
その時ーー。
コンコン、と扉が叩かれた。
「……入るぞ」
入ってきたのは――
天空都市の領主だった。
深く頭を下げる。
「この度は……我が都市を救っていただき、感謝する」
その視線が、ルシエルへと向く。
「そして……」
わずかに、言葉を選ぶ。
「君には……謝罪を」
静かに言う。
「我々の管理不足により……多くの者が魔獣化し、君のような被害者を生んだ」
ルシエルの手が、わずかに強くなる。
だが――何も言わない。
領主は続ける。
「もし望むなら……我々が責任を持って、君を保護し――」
その言葉をーー遮った。
「必要ない」
レオンだった。
静かに、しかしはっきりと。
「この子は、すでに王都騎士団の保護下にある」
空気が、変わる。
ルシエルの目が、大きく開かれる。
「……え……?」
レオンは振り返らない。
ただ、前を見たまま言う。
「我々が連れていく」
まっすぐ、言い切った。
アルが、肩をすくめる。
「だそうだ。諦めな」
軽く笑う。
ルシエルは、言葉を失っていた。
だが――ゆっくりと。
胸の奥に、何かが灯る。
「……僕……が」
小さく、呟く。
「……一緒に行って、いいの……?」
レオンが、わずかにだけ振り向く。
その目は、変わらない。
「覚悟を決めろ」
突き放すようでーーけれど、
確かに、認めていた。
ルシエルは――笑った。
まだ不器用な笑顔。
でも、確かに。
「……行く」
はっきりと、そう言った。
その瞬間、風がやさしく吹いた。
まるで――祝福するように。
そして――
数日後。
天空都市ジルヴァリアの空に。
新たな影が現れる。
白い船体。
規律ある動き。
帆に刻まれた紋章。
それは――
王都アルディアの紋章。
天空船が、静かに降り立つ。
新たな物語が、動き出す。
第61話 終わり
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