第60話 大精霊の力とその代償
天空都市シルヴァリアーー。
ーー空が裂け、闇で閉ざされていた。
砕けた浮遊島。
崩れ落ちる街。
燃え広がる炎。
そして――
中心で、リナが崩れていく。
「……リナ!!」
エリオスの声が、風に裂かれる。
光を放ち続けた身体は、もう限界だった。
大精霊の力ーーその代償。
小さな身体が、まるで糸の切れたように揺れる。
「……まだ……」
かすれた声。
それでも、手を伸ばそうとする。
「……まだ……終わって……」
その言葉は、最後まで届かない。
そのまま――落ちる。
「リナァ……!!」
ルシエルの叫びが、空を震わせた。
その瞬間、何かが――切れた。
ドクン。
心臓の奥、深い場所で。
眠っていた“何か”が、目を覚ます。
「……もう、やめろ」
低い声。
それは、ルシエルのものではない。
けれど、確かにルシエルの中から響いていた。
ヴォルゼアが、わずかに眉を動かす。
「……ほう」
空気が、変わる。
風が止まり――
次の瞬間、水のように流れ出す。
いや、違う。
“すべての流れ”が、ルシエルへと集まり始めていた。
「……ルシエル……?」
エリオスが息を呑む。
ルシエルの瞳が、蒼に変わる。
それは、今までの青ではない。
もっと深い。
もっと古い。
底の見えない“深淵”。
「……これ以上、奪わせない」
静かに、けれど、絶対に揺るがない声。
そして、背中に半透明の翼が展開する。
そこにいたのはーー竜ではない。
子どもの姿をした、ルシエルだった。
――半覚醒。
その姿を見て、フェルが低く呟く。
『……目覚めたか』
ヴォルゼアが、口元を歪める。
「面白い……!」
手をかざし黒い嵐が、再び膨れ上がる。
だが――
「……遅い」
ルシエルが、消えた。
次の瞬間。
ズドンッ――!!
衝撃が走った。
ヴォルゼアの身体が、初めて大きく弾かれる。
「……っ!?」
空が、揺れる。
ルシエルは止まらない。
流れる。
避けるのではない。
受けるのでもない。
“流れそのものになる”。
ヴォルゼアの攻撃が、当たらない。
すべてが逸れる。
すべてが流れる。
「……なるほど」
ヴォルゼアが笑う。
「それが、お前の“答え”か」
だが――
「ならば、これはどうだ」
魔力が膨張する。
空全体が黒く染まり、逃げ場のない重圧が押し寄せる。
だが、ルシエルは止まらない。
「……この流れは」
槍を構える。
「もう、止まらない」
一歩。
踏み込む。
「だから――もう」
「還れ」
静かに。
「アビス・ランサー」
突き出す。
その一撃は、音がなかった。
ただ、世界が一瞬だけ静止した。
次の瞬間、黒が崩れる。
ヴォルゼアの魔力が、内側からほどけていく。
「……っ……!」
初めて、顔が歪む。
「……馬鹿な……」
崩壊しながら、黒い嵐が消えていく。
空を覆っていた魔物たちが、次々と動きを止める。
そしてーー
魔獣化していた空賊たちの身体から、黒が剥がれ落ちる。
「……あ……」
人の声が戻る。
意識が戻る。
崩れていた流れが――
すべて、元に戻っていく。
ヴォルゼアは、空に立ったまま。
静かに、ルシエルを見る。
そして――
ふっと、笑った。
「……竜の子」
黒い翼が、ゆっくりとほどけていく。
「今回は、ここまでだ」
空間が歪む。
「次は――壊しきってやる」
その視線が、リナへと向けられる。
「大精霊の器」
そして、消えた。
静寂が落ちた。
本当の意味での、静寂だった。
風が、戻る。
やわらかく。
優しく。
崩壊しかけていた浮遊島が、静かに安定していく。
炎が、弱まる。
空が、元の青を取り戻していく。
「……終わったのか……?」
誰かの声した。
だが誰も、すぐには答えられなかった。
ただ――
確かに、終わっていた。
ルシエルの身体が、ふっと力を失う。
そして、身体が元に戻る。
その小さな身体は、傷だらけだった。
「……っ」
そして、そのまま落ちようとした。
だが――その前に。
アルが、受け止めた。
「……よくやったな」
低く、優しい声。
レオンが、静かに剣を納める。
フェルは、ただ空を見ていた。
そして――
エリオスが、震える手でリナを抱き寄せる。
「……リナ……リナ……」
だがリナは、動かない。
静かに、眠っている。
風が、そっとその髪を揺らす。
まるで――守るように。
その時、遠くでまだかすかに、何かが動いた。
天空の下ーー見えない場所で。
『……まだ、終わっていない』
フェルが、ぽつりと呟く。
誰にも聞こえないほど、小さく。
だが確かに。
次の物語は――
すでに、動き始めていた。
第60話 終わり
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