第59話 崩れ始めた光
天空都市シルヴァリアーー。
空は、閉じていた。
黒に塗り潰された世界。
風は止まり、光は届かない。
ルシエルがーー。
無数の刃を全身で受け止め、鱗を砕かれながらも退かない。
レオンとアルが踏み込む。
だがーー
ヴォルゼアは“そこに在るだけ”で全てを拒絶する。
「終わりだ」
その手が振り下ろされる。
すべてを消し飛ばす一撃。
その時――
「……やめて」
小さな声。
リナだった。
崩れた街の中、震えながらも立っている。
「もう、やめて」
誰にも届かないはずの声。
それでも――世界が、止まった。
風が止まり、
水が揺れ、
火が灯り、
土が息づく。
見えないはずの流れが、光となってリナの周囲に現れる。
「精霊が……集まってる……」
エリオスが呟く。
フェルが低く言う。
『……解き放つか』
リナは目を閉じる。
怖くない。ただ、あたたかい。
「……苦しいんだね」
その言葉に応えるように、光が震える。
風の声。
水の声。
火の声。
土の声。
重なり、流れ込み、ひとつになる。
「……っ……!」
重く、息が詰まる。
それでも、拒まれない。
「……私は」
ゆっくりと顔を上げる。
「一人じゃない」
光が弾ける。
ドォンッ!!
黒が押し返される。
閉ざされた空に、裂け目が走る。
そして、光が差し込む。
リナは一歩踏み出す。
風が道を開く。
その姿はもう、ただの少女じゃない。
精霊と繋がり、世界と同調している。
「私は――大精霊の巫女」
言い切らない。
それでも、その在り方がすべてを語る。
ヴォルゼアの瞳が、わずかに細まる。
「……面白い」
だが次の瞬間、黒が再び膨れ上がる。
「ならば試やろう」
圧縮された破壊が放たれる。
リナは、ただ手をかざす。
「……違う」
「――ほどけて」
その一言で、黒が崩れた。
音もなく、抵抗もなく、まるでーー
最初から存在しなかったかのように。
「……なに……?」
誰も言葉を失う。
ヴォルゼアの笑みが、止まる。
リナは歩く。
魔獣化した空賊たちへ。
「もう、いいよ」
光が包む。
「……帰ろう」
暴れていた身体が止まり、黒が剥がれ、人へと戻る。
一人、
また一人。
崩壊していた空が、静かに息を取り戻していく。
エリオスの目に涙が滲む。
「……助かっていく……」
アルが息を吐く。
「一瞬で……」
だが――ヴォルゼアの気配が変わる。
「そこまでだ」
完全に“敵”として捉えた瞳。
黒い翼が広がり、空が軋む。
「ならば、それごと壊す」
今までとは比較にならない密度の一撃。
空間そのものが悲鳴を上げる。
逃げ場はない。
だがリナは、動かない。
ただ見つめる。
「……あなたも」
小さく。
「苦しいの?」
その瞬間、
ほんのわずかにヴォルゼアの瞳が揺れる。
だが攻撃は止まらない。
迫る、絶対の破壊。
リナが、両手を広げる。
「――守って」
光が、爆ぜた。
ドォンッ!!!
世界が白に染まり、音さえ消える。
そして、衝撃が消える。
すべてが――“なかったこと”になる。
静寂だけが残り、そこにはーー。
リナだけが、無傷で立っている。
ただ静かに、呼吸をしていた。
ヴォルゼアが初めて言葉を失う。
レオンが剣を下ろし、アルが苦笑する。
「……反則だろ、あれ」
フェルが呟く。
『……あれが、本来の姿だ』
リナが振り返る。
やわらかく微笑む。
「……もう、大丈夫」
誰も、疑わなかった。
だが――その足元。
ほんのわずかに。
光が、揺らいでいた。
ヴォルゼアが、ゆっくりと笑う。
「……いいだろう」
その声は冷たい。
「次は本気で奪いに行く」
空が、再び軋む。
無双は、終わらない。
だが――
何かが、確実に削られている。
気づいたのは、フェルだけだった。
『……まだだ』
小さく、呟く。
光に満ちた空の裏で、静かに。
“崩れ”が、始まっている。
第59話 終わり
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