第56話 届かない手
天空都市シルヴァリアーー。
ーー天空都市が、壊れていく。
都市が崩れ、悲鳴が重なり、風すら悲鳴のように軋んでいた。
その中心で、ルシエルが竜の声で咆哮する。
「――アアアアアアアアアッ!!!」
それは、理性のない純粋な破壊の叫び。
翼が振るわれるたび、空が裂ける。
衝撃だけで建物が崩れ、人も魔物も区別なく吹き飛ぶ。
「……ルシエル……!」
「……止まってください……!」
エリオスの声が震える。
「くそ……近づけねぇ……!」
「このままじゃ……街ごと……!」
アルが舌打ちする。
レオンは剣を構えながらも、ただルシエルを見ていた。
「……あれは敵じゃない」
低く言う。
「斬れば終わるが」
「……それでいいのか」
誰も答えられない。
リナは、動けず立っていた。
目の前で大切な仲間が、壊れていく。
「……ルシエル……」
声が、震える。
返事はない。
あるのは、破壊だけだった。
その時、ルシエルの尾が一直線に、避難している人たちへ向かって振り下ろされる。
「……っ!!」
リナが考えるより先に、身体が動き飛び出す。
「リナ!?」
アルが叫ぶが、間に合わない。
そう思った瞬間、光が弾けた。
「……止まって……!」
光の精霊術式ーー。
結界が展開され、尾を受け止める。
――ミシッ。
リナの結界が耐えきれず、軋みながら割れようとする。
「……っ……!」
歯を食いしばり、それでもリナは退かない。
「……止まって……ルシエル……」
届かないと分かっていても呼ぶ。
「……もう、いいよ……」
その声は、諦めの声じゃなく、ただの願い。
その瞬間、ルシエルの動きが、わずかに止まる。
「……っ……!」
リナの目が見開く。
今なら届くーー。
そう感じた。
一歩、踏み出す。
リナは結界を解き、ルシエルに向い、ただ無防備に近づいていく。
「リナ!やめろ!」
レオンの声。
だが止まらない。
「……大丈夫」
小さく答える。
「このままじゃ……ルシエルが、壊れちゃう」
風が、荒れる。
それでも、進む。
一歩。
また一歩。
リナとルシエルの距離が、詰まる。
そして、ルシエルの巨大な瞳が、リナを捉える。
「……グルルルルルゥ……!」
ルシエルは、苦しそうな低い唸り声を立てる。
その奥には、まだ何かが残っていた。
「……ルシエル」
リナが、そっと手を伸ばす。
触れられる距離。
その時――。
ドクン。
黒い力が、脈打つ。
記憶が霞がかりながらちらつく。
怒りが膨れ上がる。
絶望に飲み込まれていく。
「……消えろォォォォォ!!!」
再び、咆哮。
暴走が跳ね上がり、腕が振り上がる。
そこにいるものを、叩き潰すための動き。
避ければ、助かる。
でも、リナは動かない。
「……大丈夫」
静かに言う。
「私は、ルシエルを置いて行かない」
振り下ろされる。
その瞬間、リナは、ルシエルをそのまま抱きしめた。
真正面から、巨大な竜の顔を大切なものを包み込むように。
「……もう、一人じゃないよ」
静かに、優しく。
「もう……終わったんだよ」
その言葉が深く、沈む。
暴れる力が、揺れる。
「……怖かったよね」
「ずっと……苦しかったよね」
否定しない。
止めない。
ただ受け止める。
「でも……これからは」
少しだけ笑う。
「ずっと一緒にいる」
風が変わる。
荒れていた流れが、ほどけていく。
ルシエルの瞳が、揺れる。
黒色が、剥がれる。
「……ぁ……」
かすかな声ととに、竜の姿が軋み崩れる。
光が戻り、もとの子どもの姿となったルシエルが、落ちる。
「ルシエル!!」
エリオスが叫ぶ。
アルが駆ける。
レオンも動く。
だがその前に、リナが受け止めていた。
抱きしめるように。
「……おかえり」
小さく言う。
ルシエルの瞳から、涙が零れる。
「……ごめん……」
震える声。
「怖くて……止まれなかった……」
リナは、首を振る。
「ううん」
「戻ってきてくれた」
それだけでいい、と。
その時、空の上から拍手が落ちてきた。
「……素晴らしい」
ヴォルゼアだった。
愉しそうに、笑っている。
「壊れかけた魂を、引き戻すか」
目が細まる。
「ますます、欲しくなるな」
視線がリナに刺さる。
「その力」
空気が凍る。
戦いは、終わっていない。
リナは、ルシエルを抱きながら顔を上げる。
震えはもうない。
「……絶対に渡さない」
静かに、そして確かにそう言った。
風が、再び吹く。
今度は――。
守るための風が吹く。
第56話 終わり
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