第51話 風の神殿リベル・ヴェント
風の神殿リベル・ヴェントーー。
神殿の前ーー。
しばらく、誰も動かなかった。
白と蒼の塔は、空へと突き刺さるようにそびえている。
『風が乱れているな』
フェルは耳を澄ませ、呟く。
神殿の周囲を巡る風は、微かに乱れ、どこか噛み合っていない。
「……誰かの」
「呼ぶ声がします」
エリオスの呟きが空気に溶ける。
ざわり、と風が応えた。
「何か聞こえるのか?」
アルがエリオスに問いかける。
エリオスは神殿を見つめ、
「……風が」
「助けを求めています……」
エリオスは震える声で言う。
リナは、震えるエリオスの横に立ち、
「……行こう」
まっすぐ神殿を見る。
レオンが無言で頷き、剣に手を添える。
カイル率いる王都天空騎士団、小隊の騎士たちも構えた。
「カイル殿」
レオンの声。
「ここからは我々で行く」
「カイル殿は都市の護衛を」
カイルがレオンを見る。
「……間違いなく」
「都市が狙われる」
レオンが低い声で言う。
「……わかった」
「総員、都市へ引き返すぞ!」
カイルの声が飛ぶ。
「はっ!」
カイルたちは、都市の方へ引き返していった。
そして、リナはルシエルを見る。
「ルシエル、行ける?」
「……うん」
ルシエルは震えている。
それでも、槍を握る手は離さない。
そして、神殿の扉が音もなく開いた。
中は広く、天井は見えない。
柱は空へと溶け、風が低く唸っている。
中央には巨大な魔導陣ーー。
一歩、踏み入れた瞬間、激しい風が吹いた。
「っ!」
エリオスが息を呑む。
まるで吸い上げられるような風が起こった。
『……来るぞ』
フェルが低い声を出す。
「……風が」
「集まってくる……!」
リナの声と同時に、
――ゴォォッ!!
轟音と凄まじい風とともに、影が落ちた。
「……あれ、は……」
ルシエルの声が震える。
『風の守護精霊だ』
フェルが低い声を出す。
淡い緑色の長い髪。
耳の先は尖り、瞳は銀色。
どこか冷たい表情をしている。
そして、その身体は風と同化するように揺らいでいる。
『訪れし者よ』
『汝らは』
風が、ゆっくり巻き起こる。
『資格なし』
風の守護精霊が、言い切る。
そして、守護精霊の周りには、風が集まり、翼と長い尾を持つ魔物が現れた。
その姿は、風を纏う影の魔物。
「来るぞ」
レオンは声と同時に踏み込み、
ザンッ…!!
一閃。
魔物は断たれたーーはずが、姿は霧のように散り、再び形を取る。
「実体が薄いです!」
エリオスが叫ぶ。
「風と同化してる!」
突風が襲う。
刃のような風が空間を裂く。
「下がれ!」
アルが前に出る。
剣で風を裂くが手応えが浅い。
「厄介な相手だな……!」
その中で、ルシエルは動けなかった。
足がすくみ、槍を握る手が震えている。
視界の奥に、別の光景が重なる。
崩れた家。
狂った風。
倒れた背中。
「……っ」
恐怖で、呼吸が浅くなる。
「ルシエル!下がって!」
リナの声と同時に光が走る。
魔物の翼で弾かれる。
レオンが割り込み、
アルが風を切り裂き、
エリオスが結界を展開する。
リナたちは、震えるルシエルを守るため連携し、誰一人迷わずに戦う。
まるでーー。
水が、当たり前のように流れていくような感覚。
ルシエルの瞳が揺れる。
――あの時は、違った。
誰もいなかった。
助けてくれる人はいなかった。
でも、今は――。
目の前で誰かが自分を守っている。
「……どうして」
かすれた声。
誰にも届かない問い。
リナが振り向き、一瞬だけ目が合う。
何も言わない。
けれど、その目は――。
もう、ひとりじゃない。そう伝えているような気がした。
胸の奥が揺れる。
「……っ」
その時ーー。
「逃げることは弱さじゃない」
風が、一瞬だけ止まった気がした。
懐かしい声が聞こえた。
「……僕は……」
逃げたく、ない。
そう思ったのは、初めてだった。
ルシエルは足を踏み出す。
震えながら、それでも前へ。
そして、槍を構える。
風が揺れた。
その動きは、不思議と力んでいない。
まるで、流れる水のように自然だった。
ズバァッ……!
一閃。
槍が風を裂き、魔物の形が大きく崩れる。
「……!」
リナが目を見開く。
アルもわずかに目を細める。
レオンの視線が鋭く向けられる。
ただの偶然ではない。
それは明確な“資質”。
ルシエル自身が一番、驚いていた。
「……できた……」
その瞬間、隙が生まれ、ルシエルの背後の風が歪む。
「危ない!」
リナの声が叫ぶが間に合わない。
ルシエルが振り向く間もなく影が迫る。
動けない。足が止まる。
その瞬間、アルが駆ける。
「――下がれ!」
だが間に合わない。
距離が足りない。
風が牙を剥く。
「っ……!」
ルシエルの視界が白くなる。
だが、その前に誰かが立っていた。
「……っ!!」
鈍い音と同時に風が弾ける。
ーーエリオスだった。
エリオスの身体に、風の刃が深く肩に食い込んでいる。
一瞬、時間が止まったように見えた。
「エリオス!!」
アルの叫ぶ。
血が床に落ち、エリオスの膝が崩れる。
それでも、エリオスはルシエルを庇ったまま。
「……だいじょうぶ、よかった……」
かすれた声。
笑おうとして、崩れた。
「……っ」
ルシエルの呼吸が止まる。
目の前で、また誰かが傷ついた。
また、自分のせいで。
流れる水が止まった音がした。
その時、神殿の奥で風が大きく唸った。
中心の魔導陣が光を放つ。
「……何だ」
レオンが低く呟く。
倒れたエリオスへ、風が収束する。
まるで風が、エリオスを選ぶように吹いている。
「……まさか」
アルの声が震える。
そして、風がエリオスを包み込む。
拒絶ではない。
試すような力。
『……やはり選ばれたか』
フェルが小さく呟いた。
深手を負ったまま、エリオスは風の魔道陣の中へと引き込まれていく。
今ーー。
嵐が、始まろうとしていた。
第51話 終わり
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!




