第48話 天空都市シルヴァリア
蒼翼船アストレイアーー。
蒼翼船は、雲海の上を滑るように進んでいた。
白い雲の海、どこまでも続く空。
下界の気配はもう遠く、ただ風だけが、生きている。
リナは手すりを握りながら、空を見ていた。
「……すごいね」
言葉は小さく、風に溶ける。
エリオスが隣で頷く。
「ここまで来ると……もう別の世界です」
その声は、どこか懐かしそうだった。
「風が……濃い」
リナは少し首を傾げた。
「濃い?」
「はい」
エリオスは目を閉じる。
「精霊が近い場所なんです」
その時だった。
――ピリッ
空気が、わずかに張り詰めた。
フェルの耳が動く。
『……来るぞ』
低い声と同時に、見張りの声が甲板に響いた。
「前方空域に影! 高速接近!」
ざわめきが走る。
カイルの声が飛ぶ。
「総員、戦闘配置!」
その一声で、空気が一変した。
船員たちが一斉に動き、魔導砲を展開し、防壁を起動させる。
蒼翼船の周囲に、淡い風の結界が広がる。
リナの胸が、ドクンと鳴る。
「……来た」
そしてーー。
雲の切れ間から飛び出してきたのは、複数の黒い影。
それは、高速で接近する、小型飛行艇。
その周囲を取り巻くように、異形の影が蠢いていた。
「魔物……!?」
エリオスが息を呑む。
翼を持つ獣。
空を泳ぐような蛇。
『……魔物とは言い難いな』
フェルは金色の瞳を細める。
そして――。
「空賊だ!」
荒々しい笑い声が響く。
一斉に襲いかかる。
カイルが叫ぶ。
「迎撃!」
魔導砲が火を噴き、風の弾丸が空を裂く。
だが――。
「速い……!」
リナの目の前で、敵影が弾丸を回避する。
その隙を突くように、魔物が船へと突っ込んでくる。
ドンッ!!
船体が揺れる。
リナがよろめく。
「……っ……!」
その腕を、レオンが掴んだ。
「下がっていろ」
その瞬間には、剣がすでに抜かれている。
アルも、ゆっくりと前に出る。
「さて……」
その目が細くなる。
「肩慣らしには、ちょうどいいか」
次の瞬間、魔物が甲板に降り立った。
「……グァァ……!」
うめき声のような咆哮を上げ、
鋭い爪が振り下ろされる。
だがーー。
「遅い」
アルの一閃。
風を切る音。
一瞬で、魔物が切り裂かれる。
レオンも動く。
踏み込み、斬撃。
無駄のない動きで、次々と敵を沈めていく。
カイルの目が、わずかに細くなる。
「……ほう」
その時、空賊の一人が叫ぶ。
「魔物をもっと寄越せ!」
空が歪み、次々と湧き出る影。
数が、増える。
エリオスが一歩前へ出た。
「……来ます」
手を掲げる。
風が集まる。
「風よ――」
「裂け」
次の瞬間、無数の風刃が放たれた。
空を切り裂き、魔物を撃ち抜く。
リナの目が見開かれる。
「すごい……」
だが、それでも数が多く、じわじわと押される。
その時、フェルが、ぽつりと呟いた。
『……やれ』
リナの胸が、応える。
ドクン。
光が、ほどける。
「……精霊たち」
手を伸ばす。
恐れは、もうない。
「力を、貸して」
風が、応えた。
光が、集まる。
甲板の上に、淡い紋様が浮かび上がる。
カイルが目を見開く。
「……これは……」
リナは、静かに手をかざす。
「大丈夫」
誰に向けた言葉かも分からない。
それでも――
「もう、終わりにしよう」
次の瞬間。
光が、広がった。
眩しいほどではない。
だが、確かに“満ちる”光。
やさしく、しかし逃げ場なく。
魔物たちを包み込む。
「……ァ……」
歪んだ声。
そして――
崩れる。
闇が、ほどけるように消えていく。
一体、また一体と。
空賊たちが、動揺する。
「な、なんだあれは!?」
「……撤退だ!!」
蜘蛛の子を散らすように、逃げていく影。
やがて――
空は、静寂を取り戻した。
風だけが、流れている。
誰も、すぐには動かなかった。
カイルが、ゆっくりとリナたちを見る。
アル。
レオン。
エリオス。
そして――リナ。
その視線に、わずかな変化する。
「……なるほどな」
ぽつりと。
「護衛が必要なのは」
「あなた方かと思っていたが」
リナが、きょとんとする。
カイルは、わずかに口元を緩めた。
「認識を改めよう」
それだけだが、その一言は重かった。
エリオスが小さく笑う。
「最初から分かっていましたよ」
レオンは剣を納めながら言う。
「まだ余裕があるな」
アルが肩をすくめる。
「本番じゃないからな」
フェルが小さく笑う。
『ああ――まだ、な』
その言葉に、風がわずかに揺れた気がした。
やがて――。
雲の向こうに、巨大な影が現れる。
浮かぶ都市。
連なる島々。
中央にそびえる神殿。
天空都市シルヴァリア。
リナは息を呑む。
「……あれが……」
エリオスが頷く。
「ええ」
その声は、少しだけ震えていた。
「天空都市です」
カイルが前を見据える。
「到着する」
その言葉の先。
待っているのは――
まだ見ぬ試練。
まだ現れぬ敵。
風が、強く吹いた。
まるで――
“歓迎”と、“警告”が混ざるように。
空の旅は終わり。
だが――
本当の戦いは、これからだった。
第47話 終わり
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