第47話 蒼翼船アストレイア
王都アルディアーー。
王城上空港は、朝の光に満ちていた。
高塔の頂に築かれた浮遊港。
その中央に静かに佇む、一隻の船。
白銀の船体。
空を裂くように広がる魔導翼。
青く灯る魔石が、風を呼び、息づいている。
それは、空を渡るための存在。
王国の誇りーー蒼翼船アストレイア。
甲板では、慌ただしい足音と低い号令。
風の調整。魔石の同期。航路の最終確認。
リナは、その光景を見上げたまま息を吐いた。
「……すごい」
言葉が、それしか出てこない。
隣で、エリオスが小さく笑う。
「王国でも数隻しかない船ですから」
どこか誇らしげで、けれど少し遠い目をしている。
「天空都市まで……一日」
リナが振り向く。
「一日で……?」
「風に選ばれた船、ですから」
エリオスの視線は、
船体の奥――見えない“流れ”を追っている。
「ただ速いだけじゃないんです」
少し間を置く。
「……空に、受け入れられてる」
その言葉に、リナはもう一度空を見上げた。
風が、頬を撫でる。
その時、
「エリオス」
低い声が、後ろから落ちる。
振り向くと、アル。
腕を組み、船を見上げている。
「講義は空に出てからでも遅くないだろ」
少しだけ口元が歪む。
「2人とも落ちる前なよ」
リナが吹き出す。
「落ちないよ!」
『どうだかな』
肩の上で、フェルがぼそりと。
『風は気まぐれだ』
「フェルも言う?」
思わず抗議すると、アルが肩をすくめる。
「まあ――」
視線は空へ。
「落ちる時は、落ちる」
さらりと。
軽いのに、どこか現実的で、一瞬リナの胸がきゅっと締まる。
だが――
「……その時は」
レオンの声が、横から入る。
いつの間にか、すぐ隣に立っていた。
「落ちる前に斬る」
短く言い切った。
でも、不思議と怖くなくなる。
リナは、小さく笑った。
「うん……それなら大丈夫かも」
フェルが鼻を鳴らす。
『基準がおかしいな』
その時――
甲板から、一人の男が降りてくる。
長いマントに、風を纏うような立ち姿。
レオンが静かに頭を下げる。
「……カイル殿」
男は頷く。
「ああ」
視線が、ゆっくりと全員をなぞる。
戦場を見てきた目。
測るようでいて、見抜く目。
「王都天空騎士団団長、カイルだ」
リナは慌てて頭を下げる。
「リナです!」
カイルは、ほんのわずかに目を細める。
「……大精霊の巫女、か」
“器”とは言わない。
それだけで、空気が少し変わる。
「話は聞いている」
そして、腕を組む。
「今回の任務は――」
「お前たちを、無事に空へ通すことだ」
エリオスが問い返す。
「護衛、ですか……?」
「護衛で済めばいいがな」
カイルの視線が、空の彼方へ向く。
「空賊が動いている」
リナが小さく首を傾げる。
「空賊って……」
「ただの盗賊じゃない」
低く、断ち切るように。
「魔物を従えている」
空気が変わる。
静かに、重く。
「背後にいるのは――」
「堕精四騎」
その名だけで、風が冷えた気がした。
「ヴォルゼア」
アルの目が細くなる。
「……あいつか」
声は、ほとんど吐息。
カイルが視線を向ける。
「知っている顔だな」
アルは肩をすくめる。
「昔、少し」
それ以上は語らない。
だが、その“少し”が軽くないことは誰でも分かる。
カイルはそれを追わない。
ただ一言。
「来るぞ」
「空に出た瞬間からな」
その時――甲板から声が響く。
「魔導翼、起動!」
ゴォォォォ……
低く、深い振動。
船体の魔石が、一斉に光を帯びる。
風が――生まれる。
いや、呼ばれている。
エリオスが息を呑む。
「……始まる」
カイルが背を向けた。
「乗れ」
それだけで、十分だった。
一行は、船へと足を踏み入れ、甲板に上がる。
次第に視界が、広がっていく。
王都が、足元にある。
「出航準備、完了!」
「蒼翼船アストレイア――」
一瞬の静寂ーーそして、
「――出航」
船が重力を置き去りにするように、ゆっくりと浮かぶ。
リナは手すりを握る。
「……空……」
言葉が、追いつかない。
街が遠ざかる。
世界が、広がる。
レオンが隣に立つ。
「怖いか」
少しだけ間を置いて。
リナは答える。
「……うん」
正直に答えた。
でも――
「ちょっと、楽しみ」
レオンは、ほんのわずかに頷く。
「それでいい」
アルは船首に立っていた。
風を受けながら、遠くを見ている。
エリオスは、まだ魔導機関を見つめている。
フェルは、静かに目を細めていた。
『……来るな』
ぽつりと呟いた。
その言葉の意味を、誰もまだ知らない。
やがて、雲の向こうに“それ”が現れる。
浮かぶ大地。
連なる島々。
その中心に――天空都市シルヴァリア。
だが、その空域にはもう一つの“気配”。
見えないのに、確かにいる。
空を支配する存在。
堕精四騎ーーヴォルゼア。
風が、わずかに軋む。
まるで――
歓迎ではない、と言うように。
空の戦いが、静かに始まろうとしていた。
第47話 終わり
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけるととても嬉しいです!
このあとも物語が大きく動いていきますので、ぜひ引き続き読んでいただけたら嬉しいです!




