第46話 夜に届いた言葉
王都アルディアーー。
王城の夜は静かだった。
深い紺色の空に月が浮かび、王都の屋根を淡く照らしている。
城の一室ーー。
柔らかな寝台の上で、リナは静かに眠っていた。
セラフィア神殿の疲労はまだ体に残っている。
神殿で解放された膨大な魔力。
その余波は、まだ完全には消えていなかった。
呼吸は穏やかだが、魔力の流れが不安定だ。
枕元にはフェルが座っていた。
白銀の毛並みの小さな猫。
しかし、その瞳は静かに周囲を見つめている。
やがて、部屋の空気がわずかに揺らいだ。
フェルの耳が動く。
そして低く呟いた。
『……来たか』
次の瞬間ーー
リナの意識は、静かに深い場所へ沈んでいった。
――――
そこは、光の世界だった。
果てしなく広がる柔らかな光。
空も地面もない。
ただ静寂だけがある。
その中心に、リナは立っていた。
「……ここは」
小さく呟く。
見覚えがある場所だった。
精霊神殿の奥。
魂の深層に近い場所。
その時ーー光がゆっくりと集まり始めた。
粒子のような光が渦を巻き、一つの姿を形作る。
長い銀色の髪。
柔らかな光をまとう存在。
世界そのもののような、穏やかな気配。
リナの胸が静かに震えた。
「……エーテル」
その名を呼ぶと、光の存在は微笑んだ。
「ええ」
静かな声が響く。
「また会いましたね、リナ」
エーテルはゆっくりと歩み寄る。
光が静かに波紋を広げる。
「あなたの魂が、私を呼びました」
リナは少し驚く。
「私が?」
「ええ」
エーテルは優しくうなずく。
「あなたは今、大きな運命の流れの中にいる」
「だから少しだけ話をしておきたかったのです」
リナは真剣な表情になった。
エーテルの瞳が静かに揺れる。
「闇の王ーー」
「かつて私が封印した存在です」
光の海がわずかに波打つ。
「ヴァルディスはその封印を解こうとしています」
リナは静かに拳を握る。
「四大精霊神殿……」
「ええ」
エーテルはうなずいた。
「風、、水、火、大地」
「四つの精霊が目覚めれば、封印は再び強まります」
しばらく沈黙が流れる。
やがてリナは小さく言った。
「私……行くよ」
「みんなと一緒に」
エーテルは穏やかに微笑んだ。
「あなたならそう言うと思いました」
しかし、その瞳にわずかな影がよぎる。
「ただ一つ覚えておきなさい」
光が揺れる。
「ヴァルディスは、かつて精霊騎士の一人でした」
リナの瞳が揺れる。
「そして」
「堕精四騎もまた、同じです」
胸の奥がざわめいた。
アルの姿が思い浮かぶ。
エーテルは静かに言う。
「あなたの旅は」
「敵を倒すだけのものではありません」
「失われたものを取り戻す旅でもあります」
その言葉を残して――
エーテルの姿は光へとほどけていった。
「フェルを信頼しなさい」
「そして」
最後の言葉はとても静かだった。
「アルを導いてあげて」
光が消える。
リナは目を覚ました。
ーーーー
朝の光が窓から差し込んでいる。
「……エーテル」
夢の余韻がまだ残っていた。
その時、低い声が聞こえる。
『夢ではない』
フェルだった。
窓辺に座り、外を見ている。
『大精霊エーテルは確かにお前と話をした』
リナはゆっくり体を起こす。
胸の奥が少し重い。
「……私に出来るかな」
ぽつりと呟いた。
「世界とか」
「精霊とか」
「そんな大きなこと」
声はとても小さかった。
その時、扉がノックされた。
「リナ」
レオンの声だった。
「入っていいか」
「うん」
扉が開く。
レオンが部屋に入ってくる。
窓からの光を背にして立つ。
「体調はどうだ」
「大丈夫」
そう答えたものの、レオンはすぐ気づいた。
リナの表情に影がある。
「……何かあったのか」
リナは少し迷った。
だが、ゆっくり言う。
「夢でエーテルに会った」
レオンの眉がわずかに動く。
リナは続けた。
「堕精四騎のこととか」
「ヴァルディスのこととか」
そして小さく笑った。
「なんだかさ」
「世界の運命とか言われると」
少し視線を落とす。
「ちょっと怖くなって」
沈黙が落ちる。
レオンは数秒黙っていた。
そして、ゆっくり言った。
「当たり前だ」
リナが顔を上げる。
レオンは静かに続ける。
「怖くない奴の方がおかしい」
「世界の命運を背負えと言われて」
「平気な顔が出来る人間なんていない」
リナの胸の奥が少し軽くなる。
レオンは一歩近づいた。
そして真っ直ぐ言った。
「だが」
その声は強かった。
「お前一人じゃない」
「俺がいる」
さらに続ける。
「アルも」
「エリオスも」
「フェルも」
「みんなお前の隣に立つ」
少しだけ微笑む。
とても珍しい表情だった。
「だから」
「全部背負おうとするな」
リナの胸が熱くなる。
レオンは最後に言った。
「お前は前を見て歩けばいい」
「その横は」
「俺たちが守る」
しばらく沈黙が流れた。
リナはゆっくり頷く。
「……うん」
その目に、さっきまでの不安はなかった。
レオンは軽く息を吐き、そして優しくふっと笑う。
「準備しろ」
「そろそろ出発だ」
窓の外には広い空。
その向こうにあるのは――
天空都市シルヴァリア。
四大精霊神殿巡礼の旅。
その第一歩が、今始まる。
第46話 終わり
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