第35話 第三試練―侵食する闇
セラフィア神殿ーー最奥。
閉ざされていた扉が――ゆっくりと開いた。
ギィ……
重い音が、空間に沈む。
その奥から流れ出してきたのは――
“闇”。
冷たく粘つくような気配が、生きているかのように床を這う。
「……っ」
エリオスが息を呑むと同時に、肌が粟立つ。
本能が告げていた。
――これは、触れてはいけないものだと。
リナの胸の奥の光が、かすかに揺れる。
フェルが低く言った。
『……これは試練ではない』
『侵入だ』
レオンの手が剣にかかる。
「神殿に干渉だと……?」
その時――闇が笑った。
「クク……」
低く、静かな声。
だが、その一音だけで空気が凍る。
全員の背筋に、冷たいものが走る。
闇が、ゆっくりと形を持つ。
黒いマント。
長い銀髪。
底の見えない瞳。
「……ヴァルディス」
アルの声が、低く沈む。
空気が張り詰めた。
ヴァルディスは、ただリナを見ていた。
「見ていたぞ」
それだけで、心臓を掴まれたような圧が走る。
リナの呼吸が浅くなる。
フェルが前に出る。
『ここは聖域だ。貴様の存在は異物だ』
ヴァルディスは、わずかに口元を歪めた。
「異物か」
「それを決めるのは、お前ではない」
視線が、リナに絡みつく。
「精霊の器」
「……興味深い」
レオンがリナの前へ立つ。
「それ以上近づくな」
だが――ヴァルディスは見ていない。
ただ、リナだけを見ている。
「どこまで“壊れずにいられる”?」
次の瞬間――闇が弾けた。
ドォォォン!!
空間が歪む、神殿そのものが軋む。
「来るぞ!」
レオンが叫ぶと同時に、アルの姿が消える。
「――遅い」
キィィィィン!!
神速の斬撃。
だがーー
ヴァルディスの――指先で止まった。
「……っ!」
アルの目が見開かれる。
完全に捉えたはずの一撃。
それが、軽く触れただけで止められている。
「軽いな」
次の瞬間ーー
バキンッ!!
アルの体が弾き飛ばされる。
「っ……!」
柱に叩きつけられる。
レオンが踏み込む。
「下がれ!」
重い一撃。
だが――当たらない。
「遅い」
いつの間にか背後に、ヴァルディスの気配がある。
ガキィン!!
かろうじて防ぐが、凄まじい衝撃で押される。
「ぐっ……!」
力が違いすぎる。
エリオスが魔法陣を展開する。
「風よ――」
だが詠唱する間もなく、
バチンッ!!
魔法が断ち切れる。
「な……!」
「魔力干渉……!?」
ヴァルディスは退屈そうに呟く。
「弱い」
誰も届かない。
誰も触れられない。
その時――
ドクン。
リナの胸が、大きく鳴った。
神殿の中いっぱいに、光が溢れる。
銀色の粒子となって、精霊たちが集まる。
「……やめて」
小さな声が響く。
ヴァルディスが止まり、
「ほう」
初めて、リナに興味を見せた。
リナの体が光に包まれる。
「もう……やめて!」
震えている。
それでも、目は逸らさない。
胸の奥の“何か”が――開きかける。
フェルが叫ぶ。
『やめろ!まだ早い!!』
エリオスも叫ぶ。
「リナ、制御を!」
だが――光は止まらない。
膨れ上がり、神殿が震える。
空間が悲鳴を上げる。
ヴァルディスが、笑う。
「いい」
「それだ」
闇が広がる。
光とぶつかる。
「見せてみろ」
「どこまで“保てる”かを」
その瞬間――
リナの瞳が、銀に染まる。
だが、次の瞬間ーーピタリと止まった。
光が――収束する。
「……っ……!」
リナが、歯を食いしばる。
震える手。
溢れそうな力をーー押し込めている。
フェルの目が細くなる。
『……制御したか』
エリオスが息を呑む。
「止めた……?」
リナは、震えながら言った。
「……まだ……ダメ……」
呼吸が荒い。
それでも崩れず、リナはその場に立っている。
「この力は……まだ使っちゃいけない」
その言葉に――
ヴァルディスの目が、わずかに細まる。
「ほう」
「暴走しないか」
一歩、引く。
「面白い」
そして、静かに笑った。
「未完成のままでそれか」
「ならば――」
視線が、突き刺さる。
「完成した時」
「どこまで堕ちる?」
その言葉だけを残し。
闇が、ほどけていく。
「楽しみにしている」
最後に、アルを見る。
「次は壊す」
そして――消えた。
静寂が落ちた。
誰も、すぐには動けない。
レオンが息を吐く。
「……次元が違う」
アルは何も言わない。
ただ、無言で立ち上がる。
エリオスはリナの肩を支える。
「大丈夫ですか……!」
リナは、かすかに笑った。
「……うん」
だが、足は震えている。
フェルが静かに言った。
『今のは明らかな“挑発”だ』
『奴の目的はリナそのものではない』
その意味に――。
全員が沈黙する。
神殿の奥ーー。
まだ閉ざされた最後の扉。
その隙間から、わずかに光が漏れている。
リナは、その扉を見る。
そして――小さく息を吸った。
「……まだ試練が終わっていない」
「……行こう」
その声は、震えていた。
だが、眼差しは揺るがない。
セラフィア神殿ーー最奥。
最後の扉が――開いた。
第35話 終わり
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