第34話 第二試練―選択の回廊
守護精霊の光が消えた直後――
ゴォォ……
神殿の奥で、低い振動が響く。
「……次の試練が始まります」
エリオスの声が、わずかに震える。
床の紋章が、再び光を帯びた。
今度は――銀。
フェルが低く呟く。
『来るぞ』
次の瞬間――
リナの視界が、崩れた。
⸻
気づいた時には――
森にいた。
やわらかな光。
風に揺れる草。
土の匂い。
胸が、強く鳴る。
「……ここは……」
知っている。
忘れるはずがない。
ここは――
“帰りたかった場所”。
⸻
「リナ、手伝ってくれるか?」
振り向いた瞬間、
涙が溢れた。
「……お父さん……」
そこにいたのは、
優しく笑う父だった。
何も変わっていない。
あの日のまま。
薬草を手に、
穏やかな声で笑っている。
「うん……っ」
声が震える。
それでも、走り出していた。
小さな手。
幼い自分。
父のもとへ。
「いい子だ」
頭を撫でられる。
あたたかい。
懐かしい。
失ったはずの温もり。
「リナは、強くて優しい子になる」
その言葉が、胸の奥に深く沈む。
⸻
「リナ、こっちもお願い」
母の声。
振り向く。
そこには――
優しく微笑む母。
薬草の香りに包まれた家。
すり鉢の音。
当たり前だった日常。
「これ、混ぜてみて」
小さな手で薬を混ぜる。
少し失敗して、こぼれる。
「あ……」
焦るリナに、
母はくすっと笑った。
「大丈夫」
優しく、肩に手を置く。
「薬だけじゃ、人は癒せないのよ」
その言葉は、
今になって、胸を締めつける。
「リナの“癒したい”って気持ち」
「それが、一番の薬になるの」
――覚えてる
――ずっと、忘れたことなんてなかった
⸻
夕焼け。
三人で囲む食卓。
笑い声。
くだらない会話。
でもそれが、全部だった。
全部、幸せだった。
⸻
そして――
夜。
風が止まる。
森が、ざわめく。
「……来るぞ」
父の声が変わる。
その一言で、
世界が壊れる。
リナの手を掴む。
「逃げるんだ」
「いや……!」
母がしゃがみ、
リナの頬に触れる。
その手は――震えていた。
それでも、笑っていた。
「大丈夫」
嘘だと分かる。
それでも、優しい声だった。
「リナは、生きて」
「強くて、優しい子になって」
「いやだ!!」
泣き叫ぶ。
そしてーー
しがみつく。
でも――
炎が上がる。
魔物の咆哮。
血の匂い。
引き剥がされる手。
――届かない
――守れない
すべてが、赤に染まる。
⸻
「……っ……!!」
呼吸ができない。
膝が崩れる。
「やだ……」
「やだよ……」
あの日と同じ。
何もできない自分。
その時――
声がした。
「リナ」
顔を上げる。
そこにいたのは――
“失う前の二人”。
傷もない。
血もない。
ただ、優しく笑っている。
「もういい」
父が言う。
「もう戦わなくていい」
母が、手を差し伸べる。
「ここにいればいいの」
「ずっと一緒にいられる」
あたたかい。
やさしい。
何も失わない世界。
(ここにいれば……)
(もう泣かなくていい)
(誰も死なない)
手を伸ばす。
あと少しで、届く。
⸻
ドクン。
胸が鳴る。
強く。
痛いほどに。
頭に浮かぶ。
フェル。
レオン。
アル。
エリオス。
助けたい人たち。
守りたい命。
そして――
母の言葉。
「あなたの“癒したい”って気持ちが、一番の薬」
手が止まる。
震える。
涙が止まらない。
それでも。
それでも――
リナは、首を振った。
「……ごめん」
声が壊れる。
「行かなきゃ」
ゆっくりと、
二人の手を離す。
「守りたい人がいるの」
涙が零れ続ける。
「二人が守ってくれた命だから」
「ちゃんと、生きたい」
父が、静かに目を細めた。
母が、優しく微笑む。
「……大きくなったね」
その一言で、
心が崩れそうになる。
それでも――
母は背を押した。
「行っておいで」
父が続ける。
「誇りだよ、リナ」
その声は、
あの日、聞けなかった言葉だった。
⸻
世界が、割れる。
光が砕ける。
『正解だ』
『器よ』
『お前は“想いを継ぎ、未来を選んだ”』
⸻
「っ……!!」
リナの目が開く。
セラフィア神殿。
冷たい空気。
だが――胸の奥が、燃えている。
あたたかく。
確かに。
消えない光。
「リナ!!」
エリオスの声。
レオンの気配。
アルの視線。
フェルの眼差し。
全部、ここにある。
リナはゆっくり立ち上がる。
涙の跡を残したまま。
それでも――
もう、揺れない。
「……行こう」
その一言は、
誰よりも強かった。
神殿の奥。
閉ざされた扉。
そこから漏れる闇。
だがリナは、もう恐れない。
胸の奥にある光が、
静かに応えていた。
それは――
与えられた力じゃない。
受け継いだ想い。
そして、
自分で選んだ未来。
その一歩は、
過去と決別した証ではない。
過去と共に、生きると決めた証だった。
第34話 終わり
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