第32話 光が繋ぐもの
始まりの聖域ーーセラフィア神殿の奥。
巨大な精霊樹の下で、リナは膝をついたまま動けずにいた。
胸の奥に残る記憶。
幼い頃の森。
優しい光。
そして――
エーテルの声。
「……エーテル」
小さく呟く。
涙が、静かに頬を伝い止まらない。
その時ーー
そっと肩に手が置かれる。
「リナ」
振り向くと、そこに立っていたのはエリオスだった。
淡い緑色の短い髪が、神殿の光に揺れている。
優しい目だった。
「……大丈夫ですか?」
リナは慌てて涙を拭く。
「ごめん……ちょっと」
「取り乱しちゃって」
エリオスは静かに首を振った。
「謝らないでください」
柔らかい声。
「記憶が戻るって……きっと」
「とてもつらいことですから」
リナは少し驚く。
「エリオスも?」
エリオスは精霊樹を見上げた。
光が葉の間で揺れている。
「私は、孤児だったんです」
ぽつりと言う。
「気づいた時には、もう一人でした」
神殿の空気が静かに流れる。
リナは何も言わず、隣で聞いていた。
「でも」
エリオスは少しだけ微笑んだ。
「魔道院の先生であるお父様が拾ってくれたんです」
「それで、今ここにいます」
少し照れくさそうに笑う。
「だから」
リナを見る。
「人に助けてもらうことって、すごいことだと思うんです」
リナの胸が少し温かくなる。
風が二人の間を通り抜けた。
精霊樹の葉が、さらさらと音を立てる。
エリオスは続けた。
「リナは一人じゃありません」
リナが目を瞬く。
「……え?」
エリオスは周り見ながら、指を折りながら言う。
「レオン」
「アル」
「フェル」
「騎士団のみんな」
そして少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「……私も」
リナは一瞬きょとんとした。
それから、ふっと笑う。
「うん」
さっきより、少しだけ強い笑顔だった。
「ありがとう」
風が優しく吹く。
その時ーー
神殿の中で低い声が響いた。
『……ふむ』
フェルだった。
ゆっくりと歩いてくる。
金色の瞳が二人を見つめる。
『少しは落ち着いたか』
リナが頷く。
「うん」
フェルは精霊樹を見上げた。
『この神殿は』
『大精霊の記憶が眠る場所』
エリオスが目を見開く。
「記憶……?」
フェルは静かに続ける。
『過去』
『願い』
『後悔』
『すべてだ』
神殿の空気が少しだけ重くなる。
リナは精霊樹を見つめた。
「……私」
小さく言う。
「まだ分からない」
「自分が何なのか」
エリオスがすぐに言った。
「分からなくてもいい」
リナが振り向く。
エリオスは真っ直ぐ言う。
「今のリナがリナです」
「それで十分ですよ」
少し微笑む。
「……私はそう思います」
その言葉に、リナの胸がじんわり温かくなった。
その時ーー
精霊樹の光が少し強くなる。
フェルの耳がぴくりと動いた。
『……来るぞ』
リナが顔を上げる。
「え?」
次の瞬間ーー殿の奥から強い風が吹いた。
ゴォォ……
空気が震える。
精霊樹の光が集まり始める。
エリオスが息を呑む。
「これは……」
フェルが低く言った。
『試練だ』
神殿の奥ーー
石の扉がゆっくりと開く。
ギィ……
暗闇の向こうから、古い紋章が浮かび上がる。
フェルの声が響く。
『始まりの聖域、セラフィア神殿』
『器を試す場所』
リナの胸が強く鳴る。
ドクン。
エリオスがそっと隣に立つ。
そしてーー
後ろにはレオンとアルが立つ。
エリオスが静かに言う。
「一緒に行きましょう」
リナは小さく笑った。
「うん」
全員、同時に歩き出す。
神殿の奥へーー。
精霊樹の光が、静かに彼女らを照らしていた。
リナはまっすぐに前を向く。
隣には、仲間がいる。
それだけで――
リナは、もう前を向けていた。
第32話 終わり
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