第31話 森の子守歌
王都アルディアの地下。
始まりの聖域ーーセラフィア神殿
古代の石階段を下り続けると、空気が少しずつ変わっていく。
ひんやりとしているのに、不思議と優しい空気。
まるで――
森の奥のような静けさだった。
「ここが……」
リナは足を止めた。
巨大な扉が目の前にある。
白い石で作られた古代の扉。
中央には、精霊紋が刻まれていた。
エリオスが静かに言う。
「ここがセラフィア神殿です」
扉に触れた瞬間だった。
ふわり、と。
光が生まれた。
リナの銀髪が静かに揺れる。
そして――扉がゆっくりと開いた。
ギィ……
中に広がっていたのは
想像していた神殿とはまったく違う光景だった。
巨大な空洞。
天井は見えないほど高い。
空の代わりに淡い光が揺れている。
そして中央にはーー
一本の木。
巨大な白い樹。
まるで世界樹のように枝を広げていた。
フェルが金色の瞳を細くして小さく呟く。
『……精霊樹』
リナの胸がドクンと鳴る。
理由は分からない。
ただーー懐かしい。
その時ーー樹の根元が淡く光った。
風が舞う。
光の粒が空中に浮かび上がる。
そしてーーリナの視界が
ゆっくりと白く染まっていった。
ーーーー
気づくと、そこは森だった。
柔らかな風。
木漏れ日。
小さな花が揺れている。
リナはゆっくり立ち上がる。
「ここ……」
見覚えがあった。
遠い記憶。
とても遠い――
幼い頃の景色。
そしてーー前から声がした。
「リナ」
振り向く。
そこには一人の女性が立っていた。
長い銀の髪。
優しい金の瞳。
光の粒たちが彼女の周りで遊ぶように揺れている。
リナの胸が強く鳴る。
「……エーテル?」
女性は微笑んだ。
「覚えていてくれたのね」
大精霊エーテル。
その声はーー
森の子守歌のように優しかった。
幼いリナが駆け寄る。
小さなリナ。
「エーテル!」
抱きつく。
エーテルは静かに抱き返した。
「今日も一人で遊んでいたの?」
「うん」
幼いリナは笑う。
「村のみんな忙しいんだって」
「そう」
エーテルは優しく頭を撫でる。
風が二人を包む。
幼いリナは楽しそうに話し続けた。
「ねぇエーテル」
「いつも風をくれてありがとう」
「月の歌も好き」
「夜の星も好き」
そして小さく言った。
「エーテルが一番好き」
エーテルの表情が
ほんの少しだけ揺れた。
だがすぐに優しく笑う。
「ありがとう」
「リナは優しい子ね」
幼いリナは首を傾げた。
「エーテル?」
エーテルは空を見上げる。
風が少し強くなった。
「ねえリナ」
「もし」
言葉が止まる。
そして静かに続けた。
「私がいなくなったら」
幼いリナがすぐ言う。
「嫌」
即答だった。
「いなくならないで」
「お父さんもいなくなった」
「お母さんもいなくなって」
小さな手がぎゅっとエーテルの服を掴む。
エーテルの瞳が揺れる。
そしてーー優しく抱きしめた。
「大丈夫」
「あなたは一人じゃない」
幼いリナの頭を撫でる。
「いつか」
「あなたはたくさんの人に出会う」
「大切な仲間に」
「守りたい人たちに」
幼いリナはよく分かっていない顔で聞いている。
エーテルは微笑んだ。
「そのとき」
「あなたはとても強くなる」
風が優しく揺れる。
森が歌う。
エーテルは小さく囁いた。
「リナ」
「あなたは」
ほんの一瞬だけ
寂しそうに笑った。
「私の希望だから」
その瞬間ーー
空が黒く染まった。
遠くで炎が上がる。
村が燃えていた。
幼いリナが振り向く。
「……え?」
叫び声。
魔物の咆哮。
エーテルの瞳が静かに閉じられる。
「来てしまったのね」
遠くから、黒い影が歩いてくる。
闇の魔導士ーーヴァルディス。
その瞬間ーー
エーテルの体が光に変わり始めた。
幼いリナが泣き出す。
「エーテル!」
抱きつく。
「いかないで!」
エーテルは優しく頬に触れた。
「泣かないで」
風が涙を拭う。
「あなたは生きるの」
「リナ」
最後にーー優しく微笑む。
「また会える」
その言葉を残してーー
エーテルの体は、光の風となって
世界に溶けていった。
幼いリナの叫びが森に響いた。
ーーーー
リナは膝をついていた。
神殿の床。
涙が止まらない。
「……エーテル」
胸が痛い。
息が苦しい。
だが、風が頬を撫でた。
懐かしい風。
優しい声。
どこか遠くでーー森の子守歌のように
風が囁いていた。
『リナ』
『強くなったね』
リナは空を見上げた。
涙の向こうでーー光が揺れていた。
その光を、
遠くの闇からーー
見ている者がいた。
闇の魔導士ーーヴァルディス。
低く笑う。
「目覚めるか、その力」
目が細くなる。
「大精霊の器が」
闇が静かに広がる。
そしてーー小さく呟いた。
「その光が」
「すべてを壊す絶望となる」
第31話 終わり
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけるととても嬉しいです!
このあとも物語が大きく動いていきますので、ぜひ引き続き読んでいただけたら嬉しいです!




