第27話 骨蜘蛛の母体
ノクス=ヴェルディアの森の奥ーー。
ーーそれは、
“生き物”ではなかった。
白い骨のような脚が、地面に突き刺さるように並び、ゆっくりと動いている。
ギシ……ギシ……
軋む音が、森の静寂を歪ませる。
六メートルを超える巨体。
膨れ上がった腹部から、無数の白い糸が垂れ下がり――
その先に、いくつもの繭が揺れている。
月光に照らされたその光景に、リナの顔色が変わった。
「……っ」
喉が、うまく動かない。
「あれ……人……?」
レオンの視線が鋭くなる。
そして、低く呟いた。
「……魔道隊長ーーグランディ殿か」
王都魔導院、調査隊隊長ーー
グランディ・シルフィード。
調査隊とともに行方が分からなくなっていた男だった。
「――お父様!!」
エリオスの叫びが、森を裂いた。
その声に、全員の空気が変わる。
レオンが一歩前に出る。
「まだ生きている可能性がある」
そして、振り返らずに命じた。
「総員――全力で救出する」
「はっ!!」
騎士たちの声が揃う。
剣が、再び構えられる。
エリオスの手が震える。
杖を、強く握りしめる。
「お父様……」
声が、かすれる。
「今……助けますから……」
淡い緑の髪が、震えていた。
だがその瞳は――折れていない。
「骨蜘蛛は繁殖型の魔物です」
声を無理やり整える。
「ここで母体を討たなければ、被害は拡大します」
その瞬間ーー。
ギィィィィィッ!!
甲高い鳴き声が、森を震わせた。
ガサガサガサガサ!!
闇の奥から、次々と這い出てくる骨蜘蛛。
十。
二十――いや、それ以上。
「増えてる……!」
騎士の声が震える。
レオンが剣を構えた。
「前衛、構えろ!」
そして――
「アル!」
その声が届くより早く、アルはもう動いていた。
「了解」
地面を蹴り、姿が一瞬で消える。
「――っ!?」
次の瞬間ーー風が走った。
キィン!!
骨が断たれる音とともに、骨蜘蛛の脚が宙を舞う。
一匹。
キィィン!!
二匹。
三。
四。
五。
アルは神速の剣技が止まらない。
月光の中を滑る影。
その動きは、もはや“剣技”ではない。
――風そのものだった。
気づけば、群れが崩れ落ちていた。
「なんだ……あの速さ……」
騎士が呟く。
エリオスは息を呑んでいた。
(速い……)
(でも、それだけじゃない……)
無駄がない、完璧な軌道だった。
(あの人は――)
その時ーー
ギィィィィィ!!
母体が動いた。
巨大な脚が振り上がる。
影が、アルの背後に落ちる。
「アル!!」
エリオスが叫ぶ。
だが――アルは止まらない。
地面を蹴り、砂埃を立て跳ぶ。
そして、空中で身体をひねる。
キィィン!!
一閃。
脚が、宙を舞う。
ズドン!!
地面に叩きつけられる。
母体が咆哮した。
その瞬間ーー
「……っ!」
エリオスが杖を掲げる。
魔力が収束する。
風が唸る。
「風よ――嵐になりーー裂け!!」
「ストーム・ブロワー!!」
ズドォン!!
巨大な風刃が、母体を切り裂く。
白い外殻が弾け飛ぶ。
レオンが踏み込む。
「斬る!」
星が落ちるが如く重い一撃。
剣が深く、胴を裂いた。
ギィィィィィィ!!
巨体が揺れる。
そして――
アルが、最後の一歩を踏み出す。
月光が、剣を照らす。
「終わりだ」
キィィィィィン!!
巨大な斬撃。
骨蜘蛛の母体は――真っ二つに裂けた。
ズドン……
巨体が崩れ落ちる。
森が、静まり返った。
――戦いは、終わった。
「……お父様!!」
エリオスが駆け出す。
揺れる繭。
その中に、確かにいる。
「エアソル……!」
震える声。
「騎士団、救助!!」
レオンの指示を飛ばす。
「はっ!」
騎士たちが駆け寄り、剣が振るわれる。
そして、糸が断たれる。
バサッ――
繭が落ちる。
裂ける。
中から現れたのは――
ぐったりとした男。
「お父様……!!」
リナが駆け寄り、胸に手を当てる。
「……生きてる!」
すぐにポーチから薬瓶を取り出す。
「精霊たち……お願い」
「この人を、返して」
パリン……
淡い光が広がる。
やさしく、包み込むように。
毒が、溶けていく。
闇が、静かに剥がれていく。
だが――目は、開かない。
かすかに、呼吸だけが戻る。
「すぐに温めて!」
リナが叫ぶ。
「救護班、急げ!」
レオンが指示を出すと同時に、騎士たちが動く。
エリオスは、その場に崩れそうになりながらも――
立っていた。
「リナ……」
「ありがとうございます……」
声が震える。
涙を必死に堪えている。
リナは、そっと抱きしめた。
⸻
「大丈夫」
「信じよう」
⸻
その言葉に――
エリオスの心が、少しだけ救われる。
レオンが静かに言う。
「グランディ殿は、必ず王都へ運ぶ」
「責任は俺が持つ」
「……ありがとうございます……」
そして、レオンが周囲を見る。
「他は?」
騎士が答える。
「まだ繭の中に人が――」
騎士の1人が話そうとするのを遮る声がした。
『いや』
フェルの声。
全員が振り向く。
『もういない』
「……え」
『人間は、今の一人だけだ』
あたりが静まり返る。
「……そんな……」
エリオスが震える。
仲間は――もういない。
その現実が、静かに突き刺さる。
その瞬間ーー
ゴーン……
ゴーン……
遠くから響く鐘の音。
「王都の警鐘……!」
レオンが剣を握る。
「戻るぞ、王都へ!」
アルが肩に剣を担ぎ、鋭い視線を空に送る。
「狙いはそっちだったか」
その時――王都の空へ。
黒い影が舞い上がった。
鳥のような魔物。
闇の翼。
エリオスが呟く。
「……影鳥ーーシャドウバード」
フェルが静かに言った。
『始まったな』
王都を侵す――闇の連鎖が。
第27話 終わり
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