第21話 魔導士エリオス
王都アルディア北門の夜――。
戦いの余熱がまだ残る城壁の前に、一人の影が立っていた。
風が吹く。
ローブの裾が揺れ、フードから見える淡い緑の短い髪が月光に照らされた。
静寂を切り裂くように、騎士たちが槍を構える。
「止まれ!」
「これ以上は通せない!」
鋭い声が響き、緊張が張り詰める。
だが――その魔導士は、動かない。
一歩も引かず、ただ城門を見上げる。
そして、息を大きく吸い込み叫んだ。
「王都騎士団に伝えたいことがあります!」
「闇の軍勢が動いてる!!」
その瞬間――空気が変わった。
ざわり、と
騎士たちの間に動揺が広がる。
城壁の上、レオンは腕を組み、その様子を見下ろしていた。
一瞬の沈黙のあと、そして、静かに言う。
「……門を開けろ」
「ですが――」
「問題ない」
迷いはなかった。
重い門が、ゆっくりと軋みながら開いていく。
魔導士は迷いなく中へ入り、階段を駆け上がる。
夜気を裂く足音。
やがて――
城壁の上まで駆け上がり、レオンの前で止まり、
ーーフードを外した。
現れたのは――少女。
肩にかかる淡い緑色の髪。
そして、真っ直ぐな青い瞳。
リナが小さく呟く。
「……女の子?」
少女は迷いない動きで一歩前に出る。
「私はエリオス」
「王都魔導院所属の魔導士です」
その声は、夜の空気を真っ直ぐに貫いた。
レオンが問う。
「用件は」
エリオスの瞳が鋭くなる。
「北の森――ノクス=ヴェルディアの森で」
「闇の軍勢が動いています」
アルが眉をひそめる。
「軍勢、だと?」
エリオスは頷く。
「ただの魔物じゃない」
「もっと古い……“底の見えない闇”です」
その言葉に、風がわずかに冷えた。
その時、リナの肩の上で、フェルが尻尾を揺らす。
『……ほう』
エリオスの視線がそちらへ向く。
そして、固まる。
「……え?」
「猫?」
沈黙。
フェルが気だるげに言う。
『猫ではある』
『ただし――』
『精霊王の守護神獣だ』
エリオスの顔が一瞬で青ざめていく。
「ええええええええ!?」
夜空に絶叫が響く。
そしてエリオスは勢いよく頭を下げる。
「す、すみません守護神獣様!!」
アルが吹き出す。
「まあ分かんねえよな」
「だって普通いませんよ!?」
食い気味に返すエリオス。
張り詰めていた空気が、ほんの一瞬だけ緩む。
だが――次の言葉で、それは再び凍りついた。
「本題に戻ります」
エリオスが一歩踏み出す。
「 ノクス=ヴェルディアの森の奥で、封印が解かれました」
レオンの視線が鋭くなる。
「何の封印だ」
わずかな沈黙あと、エリオスの喉が動く。
覚悟を決めるように、言った。
「……堕ちた闇の精霊たちが眠る場所」
アルの表情が険しくなる。
「は?」
エリオスは続ける。
「強力な術式が破られていました」
「堕ちた闇の精霊たちが解き放たれたかもしれません」
風が止まる。
音が消える。
レオンが低く問う。
「堕ちた闇の精霊とは」
エリオスは目を伏せ、言い淀む。
その瞬間――フェルが、静かに口を開いた。
『……堕精四騎』
その名が落ちた瞬間――空気が変わった。
エリオスが顔を上げる。
「……ご存知でしたか」
フェルの瞳が細くなる。
『かつて世界を滅ぼしかけたものたちだ』
その言葉の直後だった。
アルの動きが――止まった。
ほんの一瞬だが、呼吸が浅くなる。
誰にも気づかれないほどの変化だが、確かに“何か”が揺れた。
レオンがわずかに視線を向ける。
アルはすぐに肩をすくめ、笑った。
「それ、ただの古い伝説だろ」
軽い声だった。
いつも通りの調子。
だが――その奥に、わずかな影が差していた。
フェルは即座に否定する。
『違う』
『事実だ』
冷たい沈黙続く。
それを破ったのは、やはりアルだった。
「まあいい」
いつもの調子で言う。
「敵がいるなら、倒すだけだ」
シンプルな言葉だが、その重さが場に残る。
エリオスは思わずアルを見る。
(この人……)
怖くないのか。
それとも――
“慣れている”のか。
アルは振り返り、笑う。
「歓迎するよ、魔導士」
エリオスは少しだけ視線を逸らす。
「……はい」
小さく頷く。
「私も戦います」
アルがニヤリと笑う。
「頼もしいじゃん」
その笑顔を見た瞬間――
エリオスの胸が、わずかにざわついた。
(……何、この感じ)
初めて会ったはずなのに、妙に引っかかる。
その時、フェルが北の森を見つめ、低く呟く。
『闇の汚染が始まるのだな』
ぬるい風が吹く。
遠くの北の森ーーノクス=ヴェルディアの森。
その奥で――
黒い霧が、ゆっくりと脈打つように揺れた。
まるで、不気味に手招きするかのように。
王都アルディアーー
その静寂は、もう長くは続かない。
堕精四騎ーー
そして――
闇の影で暗躍するもの。
戦いは、次の段階へ進む。
第21話 終わり
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