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白猫フェルと森の薬師 〜精霊に愛された少女は世界を癒す〜  作者: もふ森こはく


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第21話 魔導士エリオス

王都アルディア北門――。


北門の戦いから数日が過ぎ、王都はようやく静けさを取り戻しつつあった。


だが、その静寂は決して安らぎではない。


誰もが胸の奥で感じていた。


嵐は、まだ終わっていないのだと。


――その時だった。


城壁の外。


月明かりに照らされた大地の上に、“それ”は現れていた。


まるで最初からそこに存在していたかのように。


一人の影。


長いローブを纏い、フードを深く被った細身の魔導士。


だが、その存在はあまりにも異質だった。


風が、止まっている。


いや――その周囲だけが、風を拒絶しているかのように静まり返っていた。


草は揺れず、空気は動かない。


ただ、そこに“在る”。


騎士たちは気づいた瞬間、反射的に槍を構えていた。


「止まれ!!」


「これ以上は通せない!!」


怒声が夜気を震わせる。


だが――。


その声は、どこか遠くへ吸い込まれていくようだった。


魔導士は動かない。


一歩も引かず。


一切の動揺も見せず。


ただ、城門を見上げている。


その姿は、まるで“待っていた”かのようだった。


沈黙。


重く、圧し潰すような静寂。


騎士たちの喉が無意識に鳴る。


誰もが感じていた。


――この存在は、ただ者ではない。


その時。


魔導士が、ゆっくりと息を吸い込んだ。


その瞬間、空気が震えた。


見えない波紋が広がるように、周囲の魔力がざわめく。


そして――。


「王都騎士団に伝えたいことがあります」


声が響いた。


それは決して大きな声ではない。


だが、確実に全員の耳へ届いた。


まるで直接、意識に触れてくるような声。


騎士たちの背筋に冷たいものが走る。


そして、続く言葉。


「闇の軍勢が動いている」


その一言が落ちた瞬間。


世界が、わずかに軋んだ。


空気が重く沈み、月明かりさえ鈍く濁る。


騎士たちの間に、言葉にならない緊張が走った。


城壁の上。


腕を組み、その様子を見下ろしていたレオンが、静かに目を細める。


その瞳は、ただの侵入者を見るものではなかった。


“何か”を見極めようとする視線。


短い沈黙。


そして、迷いなく命じる。


「……門を開けろ」


「ですが団長――」


「問題ない」


その声には、一切の揺らぎがなかった。


重い城門が、ゆっくりと軋みを上げて開いていく。


その音だけが、やけに大きく響いた。


魔導士は一礼する。


その動作すら、どこか儀式めいていた。


そして、迷いなく王都へと足を踏み入れる。


その瞬間。


止まっていた風が、わずかに動いた。


石段を上る足音が、静かに響く。


一歩、一歩。


その歩みは軽いはずなのに、なぜか重く感じられた。


やがて、レオンの前へ辿り着く。


そして――。


ゆっくりと、フードに手をかけた。


その動作に、誰もが息を呑む。


時間が引き延ばされたかのような感覚。


布が滑り落ちる。


月光が、その素顔を照らした。


現れたのは――少女だった。


肩までの淡い緑の髪。


夜の闇に溶けるようでありながら、どこか光を帯びている。


そして、澄み切った青い瞳。


その瞳は、ただ美しいだけではない。


底知れぬ深さと、揺るがぬ意志を宿していた。


見つめられた者は、思わず息を止める。


リナが、思わず呟く。


「……女の子?」


その声すら、場違いに感じられるほどの静寂。


少女は一歩前へ出る。


その動きに合わせて、空気がわずかに震えた。


胸に手を当てる。


そして、名乗る。


「私はエリオス」


その声は、先ほどと同じく静かだった。


だが今度は、確かな重みを伴っていた。


「王都魔導院所属の魔導士です」


その言葉が落ちた瞬間。


張り詰めていた空気が、わずかに形を変える。


ただの侵入者ではない。


ただの魔導士でもない。


――“何か”を背負ってここに立っている存在。


誰もが、無意識にそれを理解していた。


レオンが短く問う。


「用件は」


エリオスの瞳が、わずかに鋭さを増す。


「北の森――ノクス=ヴェルディアの森で、闇の軍勢が動いています」


アルの眉がぴくりと動く。


「軍勢、だと?」


「はい。ただの魔物ではありません。もっと古い……底知れない闇です」


その言葉とともに、夜風がひやりと冷たさを帯びた。


リナは思わず腕を抱く。


その時だった。


リナの肩に乗っていたフェルが、ゆっくりと尻尾を揺らした。


『……ほう』


黄金の瞳がエリオスを見つめる。


その視線を受けた瞬間、エリオスは動きを止めた。


「……え? 猫……?」


フェルは眠たげに目を細める。


『猫ではある。ただし――』


一拍置いて告げる。


『精霊王に仕えし守護神獣だ』


「ええええええええっ!?」


夜空に絶叫が響いた。


エリオスは慌てて深々と頭を下げる。


「す、すみません守護神獣様!!」


アルが思わず吹き出した。


「そりゃそうなるよな」


「普通いませんよ!!」


勢いよく返すエリオス。


そのやり取りに、一瞬だけ場に笑いが生まれた。


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


しかし――。


エリオスの次の言葉が、その空気を再び凍らせた。


「本題に戻ります」


一歩踏み出す。


「ノクス=ヴェルディアの森の最深部で、封印が破られていました」


レオンの瞳が鋭くなる。


「何の封印だ」


エリオスは静かに息を飲み込み、覚悟を決めて口を開いた。


「……堕ちた闇の精霊たちが眠る封印です」


アルの表情が険しくなる。


「それって……」


「強力な古代術式でした。ですが完全に破壊されていました。堕ちた闇の精霊たちが、解き放たれた可能性があります」


風が止まり、夜が静まり返る。


レオンが低く問う。


「堕ちた闇の精霊とは」


その問いに答えようとした瞬間――。


『……堕精四騎』


フェルが静かに告げた。


その名が夜に落ちた瞬間、世界が息を止めたかのように空気が変わる。


月明かりが歪み、風が消え、音が消えた。


エリオスは驚いたようにフェルを見る。


「……ご存知だったのですね」


フェルはゆっくりと頷く。


『かつて世界を滅ぼしかけた四柱。闇の王に仕えし最強の精霊たちだ』


その声は低く、重く、遠い記憶を呼び起こすようだった。


アルの身体がわずかに強張る。胸の奥で何かが軋む。


脳裏を掠めるのは、血に濡れた大地、崩れ落ちる空、そして四つの巨大な影――。


だが、その映像は一瞬で消えた。


アルは小さく息を吐き、すぐに笑みを浮かべる。


「そんなの、ただの昔話だろ」


軽く笑うその声には、わずかな硬さが混じっていた。


フェルは静かに首を振る。


『違う。あれは――今も生きている』


その言葉に、誰もが言葉を失った。


沈黙を破ったのはアルだった。


「まあいい。敵がいるなら倒すだけだ」


その言葉に迷いはない。


エリオスは思わずアルを見つめる。


(この人……)


恐れを知らないのか。


それとも、それ以上の修羅場を越えてきたのか。


アルは振り返り、笑った。


「歓迎するよ、魔導士」


エリオスは小さく頷く。


「……はい。私も戦います」


その瞬間、二人の視線が交わった。


ほんの一瞬――だが、空気が震えた。


見えないはずの魔力が、二人の間で微かに共鳴する。


風が止まる。


いや、止まったのではない。


二人の周囲だけが、世界から切り離されたかのように静止したのだ。


エリオスの瞳がわずかに見開かれる。


(……なに、これ……)


胸の奥で何かが呼応する。


懐かしく、温かく、そして切ない感覚。


アルの中でも同じように何かが揺れた。


(……この感覚……)


風の精霊がざわめく。


彼の内に眠る力が、無意識に反応していた。


一瞬、視界が揺らぐ。


そこに映ったのは――風に舞う銀の髪、涙を浮かべながら微笑む少女、そしてその手を取ろうとする自分。


「……っ」


アルは息を呑む。


だが、その光景はすぐに霧散した。


エリオスもまた胸を押さえる。


(今の……誰……?)


知らないはずの記憶。


それでも確かに、自分のものだと感じてしまう。


魔力が一瞬だけ強く脈打ち、そして消えた。


時間が元に戻る。風が再び流れ始める。


アルは首を傾げる。


(……気のせいか?)


エリオスも戸惑いを隠せないまま視線を逸らした。


しかし、その胸の奥には確かな違和感と、消えない繋がりの感覚が残っていた。


フェルは二人を静かに見つめ、小さく目を細める。


『……やはりな』


その視線は、遠く北の森へと向けられていた。


ノクス=ヴェルディアの森。


深い闇の奥で、黒い霧が呼吸するように脈打っている。


空間が歪み、裂けるような感覚。


光の届かぬ場所に、“それ”はいた。


形を持たぬ影。だが確かな意志を宿した存在。


その周囲には、四つの異質な気配が渦巻いていた。


焼け焦げた熱を帯びた闇。


凍てつく静寂を孕んだ闇。


腐敗と死を撒き散らす闇。


そして、すべてを呑み込む虚無。


それらはまだ完全ではない。だが確実に目覚めつつあった。


やがて、闇の中心から声が漏れる。


『精霊姫』


『精霊騎士』


『……ようやく、揃い始めたか』


四つの気配が脈動する。


『目覚めよ。我が四騎』


その瞬間、何かが“開いた”。


封じられていたはずの存在が、ゆっくりとこちら側へ滲み出す。


空気が腐り、光が歪む。


それが――堕精四騎。


まだ完全ではない。


だが、その片鱗だけで世界は崩壊へと傾き始めていた。


闇の中で、“それ”は嗤う。


王都アルディア。


静かな夜は終わる。


堕精四騎。そして、その背後で蠢く“王”。


千年前から続く因果の歯車は、今――軋みを上げながら回り始めていた。


第21話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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