第17話 闇の将ゼルヴァ
王都アルディアの夜空は――
静かに、だが確実に黒い霧に侵食されていた。
それはただの闇ではない。
意思を持つ“何か”が、空を這うように広がっていく。
星の光が、一つ、また一つと消えていく。
そして――
その中心に、ゆらり、と闇が“形”を持った。
人の輪郭をなぞるように、黒い霧が集まり、
固まり、そして立ち上がる。
闇の将――ゼルヴァ。
その存在が現れた瞬間、空気が重く沈んだ。
まるでこの場だけ、世界から切り離されたかのような圧迫感が押し寄せる。
赤い瞳が、ゆっくりと持ち上がる。
城壁の上――リナを捉える。
「精霊姫……」
低い声が静かに響く。
囁きのように静かなのに、その一言だけで、背筋に氷を流し込まれたような寒気が走る。
「っ……」
リナの指先が震える。
(……違う)
(この人……今までの魔物と“質”が違う)
存在そのものが、異質だった。
フェルが低く唸る。
『気をつけろ、リナ』
『奴は闇の将』
『闇の王に近い存在だ』
その言葉に、城壁の空気がさらに張り詰めた。
アルが一歩前に出る。
剣を抜く音が、やけに大きく響いた。
「つまり――」
口元を歪める。
「ここで止めないと終わりってことだな」
レオンも並ぶ。
静かに、しかし確固たる意志を宿して。
「王都はここで守る」
二人の背中が並ぶ。
それだけで、少しだけ希望が戻る。
――だが、ゼルヴァは、退屈そうにただ見ていた。
そして、ゆっくりと、手を上げる。
その仕草一つで――
世界が、動いた。
ズズ……ッ
地面が、軋む。
空気が、歪む。
闇が膨れ上がる。
城壁の外――
大地の裂け目から、黒い影が湧き上がる。
空からも、滲み出るように。
数えきれないほどの魔物が湧いてくる。
「来るぞ!!」
誰かの叫びと同時に――
闇が、押し寄せた。
アルが飛び込む。
「はああああ!!」
剣閃が翔ける。
一体、二体、三体。
闇を斬り裂くたび、黒い霧が弾け飛ぶ。
だが――
斬っても、
斬っても減らない。
それどころか、闇は増え続ける。
「キリがねぇ……!」
その瞬間、ゼルヴァの指が、ほんのわずかに動いた。
――ビシッ
空気が裂ける音と見えない衝撃が走る。
「っ!!」
アルの体が弾き飛ばされた。
地面を転がり、石壁へ叩きつけられる。
鈍い衝撃音で残った。
「アル!!」
リナの叫びが夜に響く。
レオンが迷いなく前に出た。
「ここからは俺だ」
剣を構える。
王族の血を引く者の瞳が、静かに燃える。
ゼルヴァが、わずかに笑う。
「王族の血……か」
「懐かしいな」
その一言に、底知れない“過去”の気配が滲んでいた。
次の瞬間――衝突。
ガキィン!!
剣と闇がぶつかる。
火花が散り、衝撃が空気を震わせる。
だが、押され、レオンの足が、石畳を削りながら後退する。
「くっ……!」
ゼルヴァの声が落ちる。
「弱い」
ドォン!!
闇が爆ぜた。
レオンの体が吹き飛ばされる。
城壁へ叩きつけられる。
「レオン!!」
リナの叫びが虚しく響く。
騎士たちの顔から血の気が引いていく。
「勝てない……」
「こんなの……」
絶望が、静かに広がっていく。
その時ーー
リナの胸の奥で、“何か”が揺れた。
――リナ
――立って
――あなたが守るの
精霊たちの声が、震える心を優しく包む。
リナは一歩前に出た。
足が震えている。
それでもーー止まらない。
手を伸ばす。
「……精霊たち」
声は小さい。
それでも、確かに届いた。
風が集まる。
水が光る。
火が揺れる。
大地が、静かに応える。
四つの光が、リナの周囲に灯る。
だが――
まだ弱く、まだ不完全。
フェルが静かに言う。
『それでいい』
『今は“呼ぶ”だけでいい』
『無理に目覚めるな』
リナの瞳が揺れる。
それでも――
「守る……!」
その言葉と同時に、光が広がった。
精霊の力が、王都全体を包み込むように広がっていく。
闇の魔物たちの動きが鈍る。
いくつかが、光に触れて消える。
騎士たちが息を呑む。
「押し返してる……!」
だが――ゼルヴァは動じない。
むしろ、ほんのわずかに、口元が歪んだ。
「……未熟」
その一言。
次の瞬間――闇が爆発した。
ドォォォォン!!!
精霊の光が、押し返される。
リナの体が揺れる。
膝が崩れる。
「きゃっ……!」
息が詰まる。
力が抜ける。
フェルが低く言う。
『無理をするな』
『まだ完全ではない』
ゼルヴァの赤い瞳が、冷たく光る。
「精霊姫」
「その程度か」
圧倒的な力ーー
逃げ場のない絶望で、王都全体が闇に飲み込まれようとしていた。
誰も動けない。
誰も声を出せない。
その時――
瓦礫の奥から、低い声が響いた。
「……まだだ」
全員の視線が向く。
アルだった。
血を流しながら、
ゆっくりと立ち上がる。
肩で息をしながらも、
その目だけは、死んでいなかった。
「こんなとこで……終わらせるかよ」
その瞬間ーー風が、吹いた。
ほんのわずかに、だが確かに。
アルの周囲に、小さな光が集まり始める。
だが――確実に、“応えている”。
フェルが静かに呟く。
『……目覚めたか』
リナが息を呑む。
「アル……?」
アルは剣を握り直す。その手は、もう震えていなかった。
「次は……俺だ」
ゼルヴァの瞳が、わずかに細くなる。
「ほう……」
空気が張り詰める。
嵐の前の、完全な静寂。
そして――
戦場は、次の局面へと進んていく。
第17話 終わり
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