第15話 王族の血
王都アルディアの夜は、深い静寂に包まれていた。
風もない。
城壁の外から聞こえるはずのざわめきさえ、今は遠い。
だが――
王城の一室だけは、違っていた。
重厚な扉の奥。
厚い石壁に囲まれた、王族のみが入ることを許された会議室。
外の喧騒を遮断するその空間には、張り詰めた空気が満ちている。
リナたちは、円卓を囲むように座っていた。
リナ。
アル。
レオン。
そして――王女セレフィーナ。
部屋の中央。
重厚な円卓の上に置かれているのは、一枚の石板。
長い年月を経た灰色の石。
縁はわずかに欠け、表面には無数の細かな傷が走っている。
だが――
ただの遺物ではない。
近づくだけで分かる。
空気が、違う。
(……これ、何かある)
リナの背筋に、かすかな震えが走った。
セレフィーナが、静かに口を開く。
「これは、王家に伝わる記録です」
その声は落ち着いているが――どこか緊張を含んでいた。
リナは思わず身を乗り出す。
「記録……?」
「はい」
王女はゆっくりとうなずく。
そして、石板へ視線を落とした。
「精霊王エーテルの時代のものです」
その言葉が落ちた瞬間――
空気が変わった。
温度が、わずかに下がる。
アルが低く呟く。
「……そんなものが、まだ残ってるのか」
セレフィーナは答えず、そっと手を伸ばした。
白く細い指が、石板に触れる。
その瞬間――
淡い光が、じわりと滲み出た。
「……!」
光はゆっくりと広がり、やがて形を持つ。
浮かび上がったのは――
四つの紋章。
揺らめく光で描かれた象徴。
精霊。
剣。
獣。
そして――
王冠。
リナが息を呑む。
「これ……」
胸の奥が、ざわめく。
懐かしい。だが、思い出せない。
フェルが肩の上で、静かに呟いた。
『覚えているか』
その声は、どこか遠い。
リナは、ゆっくりと首を振る。
「……ううん」
フェルの瞳が、細くなる。
『これは古代の契約だ』
「契約……?」
アルが眉をひそめる。
その視線を受けながら、フェルは静かに続けた。
その瞳が――ゆっくりと動く。
レオンへ。
『精霊姫』
空気が、張り詰める。
『精霊騎士』
誰も、動けない。
『守護神獣』
わずかな呼吸音さえ、大きく感じる。
そして――
『王』
その言葉が落ちた瞬間。
空気が、凍りついた。
レオンの表情が、わずかに固まる。
セレフィーナが、静かに続けた。
「この国の王族は――」
「精霊王エーテルに選ばれた血筋なのです」
「えっ……?」
リナの声が、かすかに震えた。
アルがゆっくりとレオンを見る。
「……まさか」
長い、長い沈黙。
レオンは目を伏せる。
そして――
ゆっくりと息を吐いた。
「……黙っていてすまない」
その声は、重かった。
覚悟を含んだ音。
リナが目を見開く。
「レオン……?」
レオンは顔を上げる。
逃げない。
その瞳には、迷いがなかった。
「俺は――」
一度、息を吸う。
そしてーー
「この国の王族の血を引いている」
沈黙ととに、時間が止まる。
何も聞こえない。
リナの思考が、追いつかない。
「……え?」
アルが額を押さえる。
「いや、待て」
「軽く言うことじゃないだろ……」
レオンは苦笑する。
だが、その笑みはどこかぎこちない。
「そうだな」
「だが、本当だ」
セレフィーナが静かに言う。
「レオンは、私の従兄にあたります」
「えええっ!?」
リナの声が、部屋に響いた。
思わず椅子から立ち上がり、呆然とするリナ。
アルが天井を仰ぐ。
「まじかよ……」
フェルが尻尾をゆっくり揺らす。
『だから言っただろう』
『四人の契約だと』
レオンが、椅子から立ち上がる。
ゆっくりと、リナへ歩み寄る。
その足音が、やけに大きく響いた。
そして――止まる。
リナの前で、視線が重なる。
「王族は」
静かな声。
だが、揺るがない。
「精霊姫を守る役目を持つ」
さらに一歩、近づく。
距離が、縮まる。
レオンがリナの前で、片膝をつき、見上げる。
「だから俺はここにいる」
まっすぐに。
「君を守るために」
「……っ」
リナの頬が、ほんのり赤くなる。
鼓動が、速い。
「わ、私……?」
レオンは、少しだけ照れたように笑った。
「そうだ」
「精霊姫は、世界の希望だからな」
アルが肩をすくめる。
「兄貴ってのは、つらいね」
『兄ではない』
冷静にフェルが言う。
アルはニヤッと笑い、
「うるせぇ、猫」
「ま、最初から気づいてわけか」
レオンはうなずく。
「ああ」
「フェルに会った時、確信した」
フェルが小さく笑う。
『気づくのが遅かったがな』
――その時だった。
ドォン!!
轟音。
床が揺れる。
窓ガラスが震え、かすかに軋む音を立てた。
「なっ……!?」
アルが即座に剣を抜く。
空気が一変する。
扉が勢いよく開いた。
騎士が飛び込んでくる。
鎧の音が部屋に響いた。
「報告!!」
息を切らしながら叫ぶ。
「王都の結界が破られました!」
空気が――凍りつく。
セレフィーナが立ち上がる。
椅子がわずかに音を立てた。
「そんな……」
騎士は震える声で続ける。
「黒い魔物の軍勢が――」
「王都に向かっています!」
沈黙。
誰も言葉を発しない。
その中でーー
フェルの瞳が、鋭く光った。
『来たか』
リナの胸の奥で、精霊たちがざわめく。
不安ではない。
戦いの予感。
レオンが、静かに言う。
「リナ」
その声は、強く、揺るがない。
「行こう」
アルが口元を歪める。
「王都防衛戦ってやつだな」
リナは拳を握る。
エメラルドの瞳が、強く輝く。
「うん」
その瞬間。
ふわり、と。
精霊たちの光が、彼女の周囲に集まった。
淡く、優しく。
だが確かな力を宿して。
王都アルディアの夜空に――
戦いの気配が満ちていく。
その運命を賭けた戦いが――
今、始まる。
第15話 終わり
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