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第13話 精霊姫と精霊騎士

王都アルディアの空に――


黒い霧が渦巻いていた。


重く、粘つくような闇。


まるで空そのものが腐り落ちていくかのように、ゆっくりと広がっていく。


その中心ーー


王女セレフィーナの胸から――


“それ”は溢れ出した。


黒い影。


液体のように揺らめきながら、地面へと滴り落ちる。


――ドロリ。


石畳に触れた瞬間。


それは、形を持った。


歪んだ肉体。


人の輪郭を残しながらも、決して人ではない。


黒く、捻じれ、見るだけで吐き気を催す存在。


「グゥゥゥ……」


低く、濁った唸り声が響く。


空気が、冷える。


騎士たちが一斉に剣を構えた。


鎧が鳴る。


呼吸が荒くなる。


「王女様から離れろ!!」


だが――


魔物は、動かなかった。


ゆっくりと、その顔のない顔が、持ち上がる。


そして、リナをーー


“見た”。


(……っ)


視線が、突き刺さる。


逃げられない。


フェルが、低く言った。


『狙いはリナだ』


リナの胸の奥が、ざわめく。


鼓動が早まる。


(……どうして)


答えは、分からない。


だが、“何か”が近づいている。


魔物の体が、ゆっくりと膨れ上がる。


内側から何かが膨張するように、黒が濃くなる。


その瞬間ーー


「下がれ!!」


レオンの声が響いた。


踏み込み、剣閃。


鋭い一撃が闇を裂く。


だが――手応えはない。


魔物は霧のように崩れ、すぐに元の形へと戻った。


アルが歯を食いしばる。


「……チッ」


「普通じゃねぇ」


フェルが静かに告げる。


『当然だ』


その声には、わずかな緊張が混じっていた。


『これは呪いの核だ』


「呪いの……核?」


リナが呟く。


フェルの瞳が細くなる。


『王女の命を縛っていた闇の本体』


その言葉と同時に、魔物の影が膨れ上がる。


骨格が歪み、肥大化し、巨大な獣のような輪郭を形作る。


空気が重くなる。


押し潰されるような圧。


騎士たちが一歩、また一歩と後退する。


恐怖が、広がる。


だが、その時ーー


リナの胸の奥で小さな光が灯った。


それは温かな光。


まるでーー


暗闇の中に差し込む、ひとすじの朝のような光。


――リナ

――目を覚まして

――あなたは


精霊たちの声。


優しく、包み込むような響き。


フェルが、静かに言った。


『もう隠す必要はない』


リナの瞳が揺れる。


『お前は、ただの薬師ではない』


優しく風が吹いた。


その風に乗るように、光が集まり始める。


ひとつ。


ふたつ。


やがて無数。


小さな光の粒が、夜空に舞い上がる。


まるで星が降りてきたかのように。


アルが息をのむ。


「……なんだ、この数……」


レオンも目を見開く。


その光景に、言葉を失う。


フェルの声が響く。


『思い出せ』


『リナ』


一瞬の静寂ーー


『お前は――』


光が、一斉に輝いた。


王都の街が、白く染まる。


『精霊姫だ』


その瞬間ーー


リナの体から、光が溢れた。


眩いほどの輝き。


エメラルドの瞳が、強く、強く光る。


銀の髪が風に舞い上がる。


精霊たちが歓喜する。


――精霊姫

――我らの主

――帰ってきた


世界が、応える。


影の魔物が咆哮した。


黒が膨れ、牙を剥き、襲いかかる。


だが――リナは動かなかった。


ただ、前へ出る。


一歩。


静かに。


怖くない。


胸の奥が、温かい。


すべてを包むような優しさ。


「……大丈夫」


小さく、囁く。


「あなたも、苦しいんだよね」


その瞬間ーー


アルが前に出た。


魔獣をまっすぐに見据え、迷いなく剣を構える。


その背中は、揺るがない。


「リナには触れさせない」


風が巻き起こる。


光が集まる。


フェルが低く言う。


『精霊騎士』


アルの剣が、光を帯びる。


風が刃に宿る。


――覚醒。


アルの体からも、精霊の光が溢れた。


騎士たちが息を呑む。


「な……!」


アルは、静かに言った。


「俺が守る」


剣が振り下ろされる。


光が走る。


闇が裂ける。


魔物が悲鳴をあげる。


だが――まだ消えない。


その時ーーリナが、手を伸ばした。


柔らかな光。


包み込む光。


精霊たちが歌う。


優しく、静かに。


空が、淡く輝く。


そして――


光が、魔物を包み込んだ。


黒い影が、ゆっくりと溶けていく。


抵抗するように揺らめきながら。


やがて、静かに。


消えていく。


「……ありがとう」


誰かの声が、確かに聞こえた。


次の瞬間、完全に闇は消えた。


静寂の中、風だけが、静かに流れる。


騎士たちは、動けなかった。


ただ、その光景を見つめている。


王女セレフィーナが、ゆっくりと目を開ける。


「……光……」


視線が、リナへ向く。


その瞳が、大きく揺れる。


「あなた……」


フェルが、静かに告げた。


『精霊姫だ』


その言葉が、空気を凍らせる。


レオンが、リナを見る。


どこか懐かしむような目で。


「……やはり」


アルが剣を下ろす。


「これで終わりか?」


フェルは空を見上げた。


黒い霧の残滓が、ゆっくりと流れていく。


『いや』


その声は、重い。


『これは始まりだ』


遠く――


王都の外。


光の届かない闇の中で、影が静かに動く。


「……精霊姫が目覚めたか」


低い声。


冷たい笑み。


「ならば――」


闇が、揺れる。


「迎えに行こう」


王都アルディア。


その運命は――


静かに、だが確実に動き始めていた。


第13話 終わり


ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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