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第101話 灼炎の果て

灼熱の果てーー。


灼炎地帯ラグナロアを抜けた先に、その町はあった。


赤く焼けた大地の境界を越えた瞬間、空気が変わる。


肌を刺していた熱風は消え、代わりに穏やかな風が頬を撫でた。


遠くから聞こえてくる人々の話し声。


家々から漂う夕餉の香り。


どこか懐かしい生活の音。


辺境の町グランベル――。


まるで世界の傷跡から零れ落ちた奇跡のような町だった。


火の神殿での激戦が嘘だったのではないか。


そう錯覚してしまうほど、そこには穏やかな時間が流れていた。


リナは立ち止まり、夕暮れの空を見上げる。


赤と紫が溶け合う空。


どこまでも広がる静かな景色。


胸の奥に張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ気がした。


「……終わった、のかな」


思わず零れた呟き。


隣を歩くフェルが尻尾をゆっくり揺らす。


『終わったように見えるだけだ』


リナは苦笑した。


「だよね」


『火の神殿は終わった』


フェルは空を見上げる。


『だが、ネメシスは終わっておらぬ』


その言葉に、リナの表情が少しだけ引き締まる。


火の神殿。


フレイア。


暴走した守護神獣。


そして侵食。


確かに戦いは終わった。


だが、根源はまだ残っている。


『これから先の方が過酷だろうな』


「そうかもしれないね」


リナは小さく頷く。


それでも今だけは、この穏やかな時間を大切にしたかった。


「だから今日は休もう」


フェルは小さく鼻を鳴らした。


『うむ。それも大事な仕事である』


その言葉にリナは少しだけ笑った。


夜。


宿の食堂には暖かな灯りが揺れていた。


木の香りが残る広い食堂。


料理の湯気。


人々の笑い声。


久しぶりに戦いを忘れられる場所だった。


「うまいな」


アルが豪快に肉を頬張る。


「アル、三皿目だぞ」


レオンが呆れたように言う。


「戦った後なんだからいいだろ」


「限度がある」


「団長が食わなすぎなんだ」


「騎士は必要以上に食わん」


「だから細いんだよ」


レオンの眉がぴくりと動いた。


「喧嘩か?」


「なんでそうなる」


「お前が煽るからだ」


「被害妄想だろ」


二人のやり取りにセレフィーナが苦笑する。


「仲が良いのですね」


「「よくない」」


見事に揃った。


食堂に笑いが広がる。


イグニアも笑っていた。


「レオンとアルはすごいね!」


「全然すごくない」


ルシエルが頭を抱える。


そんな賑やかな空間の中で、リナはふと気付いた。


一人足りない。


「セインは?」


エリオスが窓の外を見る。


「あそこですよ」


視線の先。


宿の裏手にある石畳の広場。


そこにセインはいた。


夜空を見上げながら、一人で立っている。


その背中はどこか遠かった。


皆と一緒にいる。


笑っている。


それでも時折、一人になる。


いや、1人になろうとする。


千年という時間は、それほど重いのだろう。


「おい」


不意に声が響く。


振り返るとレオンが立っていた。


セインは片眉を上げる。


「何かな」


「王都の騎士団に入れ」


唐突な言葉だった。


セインは一瞬だけ目を丸くしたあと、吹き出すように笑った。


「ははっ。いきなり何を言い出すんだい」


「本気だ」


レオンは真顔だった。


「お前ほどの実力者はそういない」


「買いかぶりすぎだよ」


「買いかぶっていない」


セインは苦笑した。


「仮に入ったとしても三日で追い出されると思うけどね」


「なぜだ」


「朝から晩まで規律だろ?」


「当然だ」


「息が詰まる」


セインは肩を竦める。


「もう会話だけで息苦しい」


アルが思わず吹き出した。


「ははっ、それは分かる」


「お前もか」


レオンの視線が鋭くなる。


「だって事実だろ」


「規律は必要だ」


「だからお前は騎士向きなんだよ」


アルはそう言うと、ふとセインを見る。


しばらく黙り込んだ。


そしてぽつりと呟く。


「……お前、昔の俺に似てるな」


セインが目を細める。


「……それは褒め言葉?」


「いや」


即答だった。


「昔の俺はもっと面倒だった」


「今も十分面倒だと思うけど」


「うるさい」


「否定しないんだ」


「事実だからな」


アルは鼻を鳴らす。


だが、その表情は少しだけ柔らかかった。


「ただ、お前は俺より危なっかしい」


その言葉にセインの笑みが少しだけ止まる。


「心配してくれてる?」


「してない」


「今の間は何だ」


「気のせいだ」


セインは思わず笑った。


「素直じゃないな」


「お前に言われたくない」


そこへエリオスが近づいて来た。


「セインは、アル以上に自由ですね」


エリオスが静かに言う。


「よく言われるよ」


「褒めてません」


「またそれか」


セインは苦笑した。


その様子を見ていたリナが、ふと口を開く。


「セイン」


「ん?」


「最近、よく笑うようになったね」


その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。


夜の音がやけに大きく聞こえた。


それからセインは視線を逸らして、小さく笑った。


「そうかな」


「うん」


迷いなく返されて、少しだけ困ったように息を吐く。


「最初に会った時よりずっと」


セインはしばらく黙った。


夜風が吹く。


星空を見上げながら、小さく息を吐く。


「……それは多分」


少しだけ困ったように笑った。


「君たちのせいだ」


「私たち?」


「一人でいるのが当たり前だったからね」


その声は穏やかだった。


「誰かと食事をすることも」


「誰かと馬鹿話をすることも」


「待ってくれる仲間がいることも」


セインは空を見上げる。


星々が瞬いている。


その光を見つめながら、ぽつりと呟く。


「全部、遠い昔に置いてきたと思っていた」


誰も口を挟まない。


セインが自分の過去を語ることは滅多にない。


だから皆、黙って聞いていた。


「千年も生きるとね」


自嘲するような笑み。


「大抵のものは諦めるんだ」


その言葉に、リナの胸が痛んだ。


諦めるーー。


それは忘れることより悲しい。


失ったものを取り戻せないと知りながら生き続けることだから。


だが、リナは首を横に振った。


「でも」


セインが視線を向ける。


リナは微笑んだ。


「今は違うよ」


真っ直ぐな瞳。


迷いのない声。


「だって、今はみんながいるから」


その瞬間、セインは言葉を失った。


静かな沈黙が落ち、やがてセインは小さく笑った。


どこか照れくさそうに。


「君は本当にずるいな」


「え?」


「そういうことを自然に言う」


リナは首を傾げる。


だが、その横顔を見た仲間たちは気付いていた。


セインの表情が、以前よりずっと柔らかくなっていることに。


その夜。


リナは窓辺に腰掛けて外を眺めていた。


広場にはまだセインがいる。


夜空を見上げるその背中は、どこか孤独だった。


けれど、もう完全な孤独ではない。


仲間がいる。


帰る場所がある。


それは千年間持てなかったものだ。


「……やっとだね」


リナが呟く。


隣でフェルが目を閉じた。


『まだ途中だ』


「うん」


リナは微笑む。


「でも、もう一人じゃない」


夜風が静かに吹き抜ける。


その風の向こう。


まだ誰も知らない場所で。


大地は静かに目を覚まそうとしていた。


やがて訪れる運命の日を待ちながら――。


第101話 終わり


灼炎地帯ラグナロアを抜けた先に、その町はあった。


赤く焼けた大地の境界を越えた瞬間、空気が変わる。


肌を刺していた熱風は消え、代わりに穏やかな風が頬を撫でた。


遠くから聞こえてくる人々の話し声。


家々から漂う夕餉の香り。


どこか懐かしい生活の音。


辺境の町グランベル――。


まるで世界の傷跡から零れ落ちた奇跡のような町だった。


火の神殿での激戦が嘘だったのではないか。


そう錯覚してしまうほど、そこには穏やかな時間が流れていた。


リナは立ち止まり、夕暮れの空を見上げる。


赤と紫が溶け合う空。


どこまでも広がる静かな景色。


胸の奥に張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ気がした。


「……終わった、のかな」


思わず零れた呟き。


隣を歩くフェルが尻尾をゆっくり揺らす。


『終わったように見えるだけだ』


リナは苦笑した。


「だよね」


『火の神殿は終わった』


フェルは空を見上げる。


『だが、ネメシスは終わっておらぬ』


その言葉に、リナの表情が少しだけ引き締まる。


火の神殿。


フレイア。


暴走した守護神獣。


そして侵食。


確かに戦いは終わった。


だが、根源はまだ残っている。


『これから先の方が過酷だろうな』


「そうかもしれないね」


リナは小さく頷く。


それでも今だけは、この穏やかな時間を大切にしたかった。


「だから今日は休もう」


フェルは小さく鼻を鳴らした。


『うむ。それも大事な仕事である』


その言葉にリナは少しだけ笑った。


夜。


宿の食堂には暖かな灯りが揺れていた。


木の香りが残る広い食堂。


料理の湯気。


人々の笑い声。


久しぶりに戦いを忘れられる場所だった。


「うまいな」


アルが豪快に肉を頬張る。


「アル、三皿目だぞ」


レオンが呆れたように言う。


「戦った後なんだからいいだろ」


「限度がある」


「団長が食わなすぎなんだ」


「騎士は必要以上に食わん」


「だから細いんだよ」


レオンの眉がぴくりと動いた。


「喧嘩か?」


「なんでそうなる」


「お前が煽るからだ」


「被害妄想だろ」


二人のやり取りにセレフィーナが苦笑する。


「仲が良いのですね」


「「よくない」」


見事に揃った。


食堂に笑いが広がる。


イグニアも笑っていた。


「レオンとアルはすごいね!」


「全然すごくない」


ルシエルが頭を抱える。


そんな賑やかな空間の中で、リナはふと気付いた。


一人足りない。


「セインは?」


エリオスが窓の外を見る。


「あそこですよ」


視線の先。


宿の裏手にある石畳の広場。


そこにセインはいた。


夜空を見上げながら、一人で立っている。


その背中はどこか遠かった。


皆と一緒にいる。


笑っている。


それでも時折、一人になる。


いや、1人になろうとする。


千年という時間は、それほど重いのだろう。


「おい」


不意に声が響く。


振り返るとレオンが立っていた。


セインは片眉を上げる。


「何かな」


「王都の騎士団に入れ」


唐突な言葉だった。


セインは一瞬だけ目を丸くしたあと、吹き出すように笑った。


「ははっ。いきなり何を言い出すんだい」


「本気だ」


レオンは真顔だった。


「お前ほどの実力者はそういない」


「買いかぶりすぎだよ」


「買いかぶっていない」


セインは苦笑した。


「仮に入ったとしても三日で追い出されると思うけどね」


「なぜだ」


「朝から晩まで規律だろ?」


「当然だ」


「息が詰まる」


セインは肩を竦める。


「もう会話だけで息苦しい」


アルが思わず吹き出した。


「ははっ、それは分かる」


「お前もか」


レオンの視線が鋭くなる。


「だって事実だろ」


「規律は必要だ」


「だからお前は騎士向きなんだよ」


アルはそう言うと、ふとセインを見る。


しばらく黙り込んだ。


そしてぽつりと呟く。


「……お前、昔の俺に似てるな」


セインが目を細める。


「……それは褒め言葉?」


「いや」


即答だった。


「昔の俺はもっと面倒だった」


「今も十分面倒だと思うけど」


「うるさい」


「否定しないんだ」


「事実だからな」


アルは鼻を鳴らす。


だが、その表情は少しだけ柔らかかった。


「ただ、お前は俺より危なっかしい」


その言葉にセインの笑みが少しだけ止まる。


「心配してくれてる?」


「してない」


「今の間は何だ」


「気のせいだ」


セインは思わず笑った。


「素直じゃないな」


「お前に言われたくない」


そこへエリオスが近づいて来た。


「セインは、アル以上に自由ですね」


エリオスが静かに言う。


「よく言われるよ」


「褒めてません」


「またそれか」


セインは苦笑した。


その様子を見ていたリナが、ふと口を開く。


「セイン」


「ん?」


「最近、よく笑うようになったね」


その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。


夜の音がやけに大きく聞こえた。


それからセインは視線を逸らして、小さく笑った。


「そうかな」


「うん」


迷いなく返されて、少しだけ困ったように息を吐く。


「最初に会った時よりずっと」


セインはしばらく黙った。


夜風が吹く。


星空を見上げながら、小さく息を吐く。


「……それは多分」


少しだけ困ったように笑った。


「君たちのせいだ」


「私たち?」


「一人でいるのが当たり前だったからね」


その声は穏やかだった。


「誰かと食事をすることも」


「誰かと馬鹿話をすることも」


「待ってくれる仲間がいることも」


セインは空を見上げる。


星々が瞬いている。


その光を見つめながら、ぽつりと呟く。


「全部、遠い昔に置いてきたと思っていた」


誰も口を挟まない。


セインが自分の過去を語ることは滅多にない。


だから皆、黙って聞いていた。


「千年も生きるとね」


自嘲するような笑み。


「大抵のものは諦めるんだ」


その言葉に、リナの胸が痛んだ。


諦めるーー。


それは忘れることより悲しい。



リナは微笑む。


「でも、もう一人じゃない」


夜風が静かに吹き抜ける。


その風の向こう。


まだ誰も知らない場所で。


大地は静かに目を覚まそうとしていた。


やがて訪れる運命の日を待ちながら――。


第101話 終わり

ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも続きが気になったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!

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