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第100話 受け継がれる火

火の神殿アグニ・ゼル――。


黒炎が消えた空は、まだ完全な夜明けには届いていなかった。


それでもそこには、確かに“戦いの終わり”だけが静かに沈んでいた。


空に浮かぶ二つの影。


守護神獣グレンディア。


守護精霊フレイア。


まるで世界そのものが、この戦いを見届けるために残っているかのようだった。


ゆっくりと、その存在が地上へ降りてくる。


崩れた大地の中心へ。


焦げた石の上へ。


イグニアが息を呑む。


「フレイア……!」


その声には、戦いの終わりではなく、長い時間の中で積もった想いが滲んでいた。


フレイアは変わらない微笑みを浮かべる。


「頑張ったわね」


それは勝利ではなく、生き抜いた者への静かな承認だった。


視線がリナへ向く。


「大精霊の器」


「世界を救う子」


リナは一瞬だけ目を伏せ、そしてまっすぐ前を見た。


もう迷いはない。


その目は“救われる者”ではなく、“救う者”の目だった。


フレイアはそっと右手を差し出す。


「契約を」


その瞬間、空気が変わる。


風でも炎でもない。


世界そのものの呼吸が一瞬止まるような静寂。


リナは迷わず、その手を取った。


触れた瞬間、紅蓮の光が世界を満たす。


リナの胸元に刻まれていく紋章。


光。


風。


水。


そして火。


四つの精霊紋が揃う。


それは力ではない。


世界と対話する資格だった。


同時にグレンディアが静かに目を閉じる。


『必要あらば、いつ何時、我らの名を呼ぶがいい』


『契約は成立した』


その声は命令ではない。


この世界そのものの“約束”だった。


火の神殿アグニ・ゼルは光に包まれる。


崩れていた大地が、ゆっくりと呼吸を取り戻していく。


終わったはずの戦場が、祝福の場所へ変わっていく。


そのときだった。


バルグラドが一歩前へ出る。


戦斧を地に立て、静かに言う。


「俺はここに残る」


視線が集まる。


レオンが問う。


「番人としてか?」


バルグラドは短く頷く。


「ここは俺が壊した場所だ」


「ネメシスに飲まれ、守るべきものを全部踏みにじった」


一瞬、空気が重くなる。


だが、その声は後悔ではなく覚悟だった。


「だから今度は守る」


「火の神殿の番人として」


セレフィーナが小さく呟く。


「……贖罪ですね」


バルグラドは首を振る。


「違う」


「これは役目だ」


そして少しだけ笑う。


「ここはもう、壊れる場所じゃない」


「守られる場所になったんだろ」


リナは何も言わず、ただ静かに頷いた。


それで十分だった。


バルグラドは背を向ける。


その背中はもう、過去の破壊者のものではなかった。


守る者の背中だった。


そして静かに言う。


「行け」


「お前らの旅はここで終わるもんじゃない」


その時、セインが一歩前に出る。


全員の視線が集まる。


彼はいつものように軽く肩をすくめた。


「じゃあ俺も決めるかな」


レオンが目を細める。


「何をだ?」


セインは少しだけ沈黙し、そして言った。


「ここにいる意味はもうない」


「でも……行く先はある」


リナが一歩踏み出す。


「セイン、一緒に来て」


その声は迷いがなかった。


セインは彼女を見る。


「理由は?」


リナはまっすぐ答える。


「あなたはもう見たはず」


「壊すためじゃなくて、“救うための力”を」


セインは目を細める。


その沈黙は長くはなかった。


レオンが言う。


「構わん」


セレフィーナも続ける。


「もう、見捨てる側に戻る必要はないですね」


バルグラドも背を向けたまま言う。


「好きにしろ。ただし死ぬなら勝手にしろ」


それは彼なりの“認めた”という言葉だった。


セインは小さく笑う。


「ひどい言われようだな」


そして一歩、リナの方へ踏み出す。


「……じゃあ、条件もいいかな」


リナが見る。


セインは続ける。


「俺は、精霊姫だとか精霊騎士だとか、誰かの下にはならない」


「対等で行きたい」


リナは即答する。


「最初からそう思ってるよ」


その瞬間、セインは静かに息を吐いた。


「なら決まりだ」


そして初めて、仲間としてその場に立った。


アルが軽く笑う。


「ようこそ、だな」


エリオスも小さく頷く。


「セイン、よろしくお願いします」


バルグラドは振り返らないまま、ただ一言。


「死ぬなよー」


それだけだった。


だがそれは、この世界で一番重い“信頼”だった。


リナは空を見上げる。


もう戦いは終わったはずなのに、世界はまだ静かに息をしている。


その時ーー。


遥か遠く。


世界の果て。


光の届かない深淵。


黒が、動く。


ネメシス。


ゆっくりと目を開ける。


『――面白い』


その声は誰にも届かない。


けれど確かに、この世界はそれを“感じていた”。


火の神殿アグニ・ゼルは沈黙する。


だがその沈黙は平和ではない。


次の時代が始まる前の、静かな呼吸だった。


そして物語は――まだ終わらない。


第100話 終わり

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


Xでは『白猫フェルと森の薬師』のキャラクターイラストなどを投稿しています。

作品とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


X:https://ncode.syosetu.com/n7053ma/ #narou

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