第九話
第九話
レインは合図と共に地を蹴り駆け出した。
踏み込む勢いのまま剣を振り抜く。だが、その一撃はあっさりと弾かれた。
硬い音が耳に残る。
その直後に相手からの鋭い反撃が来る。
男の動きにレインは追いつくことができない。
腹部へ一撃。鈍い音と共に、息が詰まる。続け様に腕へ打ち込まれ、握っていた件がわずかにぶれる。
レインは剣を握り直し、歯を食いしばる。
再び地面を蹴った。
しかし、距離は縮まらず、踏み込もうとすると距離を取られ、弾かれ、落ち込まれる。それが繰り返される。
だが、レインは諦めない。ガルドの時と同じように、何度も立ち上がり剣を構え男に突っ込む。
レインの剣術は力任せではなく、小柄な体格を活かし、男の死角へ回り込む。そのまま右に流れ間合いを詰め、切り込む。
しかし、男にはやはり届かない。
レインがどこかで崩れれば、そのまま終わってしまう試合だった。
「…はあ…はあ」
いつの間にかレインの視界は低くなっていた。
地面の冷たさが顔に触れる。
息が浅く、肺に上手く息が入らないのを感じた。
レインはボロボロで、腕を見ると青く色が変わっており、どこを打たれたのかも、もう曖昧だった。
レインは自分の弱さを痛感すると共に、ガルドがどれだけ手加減してくれていたか実感した瞬間だった。
(…それでも、私は…!)
試合は黒髪の男の圧勝だったがレインがそれでもレインが降伏することはなかった。
「そこまで!」
見かねた教官が、終わりの合図を出す。
本来であれば、レインが降伏すれば、ここまで一方的にやられることはなかったはずだ。
終わりを告げられた途端、身体中がズキズキと痛み出す。
(立てない…)
「…女にあそこまでやるかよ」
声の主の方は見れなかったが受験生の誰かの言葉だろう。
「おい、今の言葉を言ったのは誰だ?」
怒気を孕んだ声が聞こえた。その場の空気が一瞬で張り詰めた。
「俺は女だろうが男だろうが、竜騎士になる覚悟があるなら手加減はしない。そもそも、戦場に行けば性別など意味は持たない。そんなことも分からないのか?」
声の主はレインと戦った金眼の青年だった。その姿を捉えた瞬間、そこでレインの意識が途切れた。
遠くでどよめきが広がる。
「誰かこの女子を救護室へ、運びたまえ」
――――――――――――――――――――――――――――
レインは薬草の匂いが鼻につくのを感じ、目が覚める。
どうやらここはベッドの上で、見慣れぬ石造りの天井を見た途端、現実に引き戻される。
「…そうだ……試験は…!」
勢いよく布団を剥ぎ取り起き上がった瞬間、脇腹を抑え怪我をしていたことを思い出した。
「…っ!」
「…ほっほ…。まだ無理はしない方がいいと思うじゃ」
しきりの奥から現れたのは、白髪に長い髭、そして目元を覆う程の眉毛をもつ老人だった。腰は深く曲がっている。
「君は、試験中に運ばれてきたのじゃよ。確か、連れてきてくれたのは誰だったかのお」
老人は小首を傾げながら話す。
「最近、物忘れがひどくてのお…」
「あ、あの試験はどうなってますか!」
老人の話は長いと相場は決まっている。レインは話を遮り聞いてしまう。
「そうだったのお。試験はのお…。今、魔力測定をやっているはずじゃ」
ゆるく、穏やかな口調で答える老人。
「なんだか助けていただいてありがとうございました。私、まだ試験続けなきゃ行けないので戻ります」
助けてもらえたのはよかったが、レインはやらなければならないことがある。
お礼は言い、ベッドから飛び出そうとするレインの腕を掴み老人は引き留めた。
「まあ、待ちなさい。試験は逃げないんじゃよ。話はついているから、まずは治療を受けるんじゃ」
老人の握った手は意外に力強く、レインは結局ベッドに引き戻されてしまう。
「は、はあ」
この老人は救護室の主か何かだろうか。
「まずはこれを飲むのじゃ…」
老人から木彫りのコップを差し出される。中に入っているのは緑の液体だった。
「あ、ハイ」
(ま、まずそう…)
しかし、目の前の老人の好意を無下にはできない。
覚悟して一気に飲み干す。
「うげぇ…!これ、苦すぎやしませんか」
「ほほほ。薬草じゃから、甘いわけなかろうよ」
それはそうだ。
「お主は、打撲しておったようじゃから、治癒魔法をかけたんじゃが、まだ怪我は直ってらん。それを飲んだらまた横になりなさい」
目の前の老人は治癒魔法の使い手であるようだった。
「は、はい」
レインは横になり、おとなしく治療を受け入れる事にする。
老人はレインの腹のあたりに片手をかざすと、光が溢れるようにレインの全身を包み込む。すると脇腹の痛みが引いていくではないか。レインは初めて魔法というのを目の当たりにした。
「すごい!私、魔法を初めて見ました!ありがとうございます!」
起き上がり、改めて自分の体を確認する。
「ほほ。治ったようでよかったじゃ」
レインはこの優しそうで物知りそうな見た目の老人に聞きたいことがあった。
「おじいさんはここの先生なのでしょうか」
老人は微笑みながら答える。
「そうじゃよ。ここで養護教諭をしているのじゃ」
きっとこの老人が怪我をした、学生や騎士を治療しているのであろうとレインは考えた。
「じゃあ、先生は竜について詳しいですか」
「それなりじゃよ。私も昔は竜騎士だったからのお」
やはりそうかと思った。魔法が使えるのは竜と契約している証だからだ。
「それじゃあ、聞きたいのですが、竜って人間に話しかけてくることってありますか?」
レインはふと今日から続いている不思議な現象に理由を探していた。
あの声の正体について確かめたかったのである。
「…ほお。どうしてそのようなこと聞くのじゃ?」
一瞬教諭の瞳が鋭くなったような気がしてレインは答えをためらった。
「…いえ、気になっただけです。…じゃあ竜って喋れるのですか?」
「ふむ、残念じゃが今のところ、竜は人と喋れんよ」
「…そうですよね。ありがとうございます。あの、私、試験に戻ります」
レインは自分の考えが外れたようで、がっかりした。
「そうじゃなそろそろ迎えが来るはずじゃの」
ちょうど部屋を叩く音が聞こえる。
「どうぞ」
扉から入ってきたのは、あの茶髪の美青年だった。
「失礼します。マグナス先生、受験生を迎えにきました」
青年は一礼して、こちらに歩いてくる。近くで見ると、大変爽やかな男前だった。
この顔だと女子が放っておかないだろうと邪なことをレインは考えていた。
「それなんじゃけどね、私も一緒に行かせてもらうじゃ」
なんと、このマグナスという老人も一緒に来てくれるらしい。
「それじゃあ講堂まで一緒にいきましょう」
そうして3人は共に講堂まで行くこととなる。
「傷は治ったかい」
セインは自然な流れでレインに尋ねた。
「はい!マグナス先生に直してもらったおかげで」
「それはよかった。なんというか、俺の友人すまなかったね。根は悪いやつじゃないんだよ」
「いえ。彼が言ってることはまともだと思うので、謝らないでください」
意識を失う前に聞いた言葉は至極真っ当である。女だからと言って、ドレイガが襲ってこない訳ではないし、降伏しなかったのはレインの意思である。彼はそんなレインを尊重してくれたのだと今なら考えられる。
「そうか。そうだね、失言だったかな。俺の名前はセイン・ノクス・ミラーだよ。改めてよろしくね」
困った顔をしながら答える青年。そして不意打ちにレインの方を見て笑顔で自己紹介をする。
「わ、私はレイン・ヴァルシアです。よろしくお願いします」
色恋沙汰には縁遠い人生だったからか、目があった瞬間レインの頬は赤くなってしまう。
「いやはや、若いのお。ほほほ」
それを見て茶化す老人がここにいた。
「あはは」
レインも気まずくなり、なんだか笑うしかなかった。
「着いたよ。ここが講堂だよ」
食堂と同じぐらいかそれ以上の扉の前で足が止まる。
そのまま中に案内されると、見覚えのある教師がいた。
「ふむ、来たか。おや、マグナス先生もいらしたんですね」
講堂内に受験生の姿はなく、副学長と教官らしき女性がいた。
中は高い天井が見上げるほどにあり、幾本もの太い梁が規則正しく走っており、壁面を見ると竜帝国を表す紋章と装飾が飾られていた。
整然と並ぶ長椅子には、長い年月が感じられる。
「ほほ。わしも一緒にいいかのお」
「はは!もちろんですとも。どうぞ、こちらへ」
そう言われ、レイン達は講堂の前方にある階段の上の広い壇上に案内される。
中央には大きなカボチャ程の透明な水晶が、台座の上に置かれていた。
「それでは早速だが、この水晶に触れてみたまえ。」
レインは指示された通り、前に出て水晶に両手をつける。
「こんな感じですか?」
見た目通り、触れてもなんの変哲のない水晶であり、手にひんやりとした感触が伝わる。
「そうだ。そして、全身に巡る気を込めるようにしたまえ」
(気と言われてもなあ…。こんな感じかな?)
どうしたものかと戸惑うレインだが言われたように意識し、全身の血管から血を集めるような感覚で手の平に集中させる。
すると水晶が光を帯び、輝き出す。
それはやがて目が焼けてしまうのではないかという程の光になっていった。
その場にいた全員が目を閉じた。
レインはそれに気づいてない様子で、水晶に力を注ぎ続けている。
(なんだか、いい感じかも…!)
しかし、次の瞬間バチっという感触が手の平に伝わる。
「いたっ」
咄嗟に水晶から手を離す。
すぐに手を確認したが、なんともなさそうだった。
視線を感じ、周りを見渡すと教官達とセインがレインを有り得ないというような顔で見ていた。
(何か、やらかしてしまっただろうか…)
「もしかして、手を途中で離しちゃ行けなかったやつですか!」
副学長の方を見てレインが慌てると、心の中でそんなわけあるか!!というような顔をしていた。
しかし代わりにマグナスが答えてくれた。
「ほほ。もう、大丈夫じゃよ。君の試験は終わったよ。ミラー君、彼女を皆んなのところに案内してあげなさい」
「わかりました」
セインが返事をしてレインを案内しようとする。
「え、もう終わりですか」
「さっさといけ」
その疑問にこめかみを抑えて副学長が答える。
「さあ、案内するよ」
「は、はい」
2人が講堂から出ていくのを見守る教官達。
「いやはや、すごかったね。ゼルディア君」
マグナスはそう言いながら、副学長を見る。
「ゴホンッ。あれほどの魔力を持っている受験生は初めてですなあ!」
「しかも、これをご覧なさい」
マグナスはちょこんと水晶を指刺した。
「…なんと!」
ゼルディアは髭を撫でてた手を止め、目を大きく見開いた。
「彼女が魔力を注いだことで、水晶にヒビが入ったということですね」
先ほどまで喋らなかった女性が口を開く。
「ほほ。その通りじゃ、ヴェルナ君」
マグナスの眉毛の下の瞳が一瞬鋭く光る。
「さて、試験も終わったことだし選考に移ろうか」
さっきまでの風変わりな老人のような振る舞いはどこへ行ったのか、どこか威厳のある言い方だった。




