第八話
第八話
第八話
レインは階段教室の机に向かい、羽ペンを一心不乱に走らせていた。
静まり返った教室に紙を擦る音が規則的に響く。
竜騎士学校入学のための筆記試験が行われている。
会場には一次試験を乗り越えてきたのであろう30名の若い男女が、傾斜のある石造りの教室に並んでいる。前方には大きな黒板があり、その前には、教官がおり、受験生たちに目を見張らせていた。
張り詰めた空気の中、多くの受験生が回答に頭を悩ませていた。
しかし、レインは違った。帝国史については悩む素振りをなくスラスラと回答を書き続けていた。
(思ったより、簡単だなあ…)
やがて視線は最後の設問へと落ちる。
問三十五
竜騎士にとって何が大切か答えよ。
ペン先がピタリと止まる。
(竜騎士にとって、…大切なものか)
力か。
忠誠か。
誇りか。
どれも違う気がした。
レインの脳裏に浮かんだのは、森で見た光景。
【竜と人、その両方を守り続ける者であること】
書き終えた瞬間、不思議と迷いは消えていた。
やがて試験終了の合図が鳴る。
レインは誰よりも早く筆を置いた。
試験が終わった後、受験生たちが廊下に一斉に出てくる。
次は実技試験だ。
廊下の天井は以外に高く、柱が規則正しく並んでいた。
壁に開いた丸窓からは差し込む淡い光が、石床に、柔らかな影を落とす。
「なあテストどうだったーー?」
移動中、軽い調子で話題を振ってきたのはガイだった。
「なかなか良い答えを書いたと思う」
最初に答えたのは信満々なリンだった。
「俺はまあまあかなー。とりあえず空欄は埋めたよ」
セトは興味なさそうに肩をすくめる。
「げっ、まじかよ。俺結構空欄あるぞ…。で、レインは?」
どうやらガイは試験に自信がないらしい。
ガイの視線がこちらを向く。
「私は空欄ないけど、まあまあかな」
平静を装って答えるが、内心勝ち誇ったレインである。
(私ってもしかして、天才…?)
レインは学校とは縁のない人生を歩んで来た。
しかし、試験中誰よりも早く終わって手持ち無沙汰だった。
つまり自分以外は試験内容に苦戦していたということ。
だが同時に"剣"の試練を思い出し頭が一気に冷えた。
(筆記はなんとかなったけど、ここからが問題だ…)
自惚れていたのは束の間である。
レインにとって不利な試験が始まろうとしていた。
城塞の外に出ると、眼前に広がるのは巨大な谷があった。先ほどは霧のせいで気づかなかったがここから落ちたら命こそ助からないであろう。
闘技場までは谷にかけられた石橋を渡らなければならないようだ。
風が強く吹き抜ける。
頑丈に作られていそうな石橋はびくりとも動かないが、手すりは無く受験生達の不安を煽る。
ここに来る時より霧の晴れた森を歩きしばらくすると試験会場らしき建造物が見える。
巨大な円形の闘技場は、まるで大地そのものをくり抜いて作られたかのように重く、圧倒的な存在感を放っていた。
「…いやデカすぎ」
思わず、声が漏れた。
レインは闘技場といえば、学生や騎士同士が戦う訓練場を想像していた。しかし、城外に作られた闘技場は人が戦うにはとても広く作られていた。
「あたり前だ!!」
背後から、空気を震わせる声。
「ここは竜と訓練する場所でもあるのだからな!!」
副学長、ヴァルド・ゼルディアだ。
レインの疑問に答えてくれた様子である。
そしてレインは物理的に耳が痛くなった。
「あ、ありがとうございます。副学長」
レインは思わずお礼を言った。
確かに所々、何かで抉られた様な傷があり、場内をよう見ると最近修復されたであろう石壁があった。それとは対照的に傷だらけで補修はされていない壁がやけに目立っていた。
突如後ろの受験生たちがざわつき動く。
受験生の集団をかき分け現れたのは軍服の者達だった。
「受験生は、整列しろ!!」
鋭い号令が飛ぶ。
30名の受験生たちは隊列を組み並んだ。レイン、ガイ、リン、セトは最前列に並ぶ事になった。
「俺は現役騎士兼、教官のガイアス・レオグランだ。これより、試験の説明をする」
先頭に立つ、体格のいい男が名乗る。
「まず、上級生と木剣による、模擬試合を行なってもらう。相手はここにいる上級生だ。勝敗はどちらかが降伏するまで!名前を呼ばれた順に前にでろ!」
試験内容は単純だがレインにとっては厳しい試験となるであろう。
(…終わった…)
レインの背筋に冷たいものが走る。
「リン・ネメリシア!」
最初にリンを含めた受験生5人が前に出て、それぞれ上級生と向き合う。
周りには審判をする教官が配置され、受験生を評価している様子であった。
リンの相手の上級生には見覚えがあった。関所で笑っていた茶色の髪の青年だ。整った容姿で余裕のある笑み。
リンと並ぶと美男美女だなあとレインは考えていた。
「はじめ!」
その合図と共に、リンは動き出し先制攻撃を仕掛けた。剣が重なり合う音が闘技場に響いた。
レインはふと、他の試合を見ると、また見覚えのある人物を見つけた。
そこには、レインに竜騎士は無理だと言った青年がいた。近くで見るとこちらも中々な男前だ。
その青年は目の前の受験生の剣をものともせず、軽くあしらっているようだった。
相手の受験生は翻弄されたように何度も地面に転がっていた。
(あいつに当たったら、絶対不合格だ…)
直感的にレインはそう感じたと同時に嫌な予感がした。
結果的に、リンは試合に勝つ事はできなかった。
しかし、その剣術はお手本の様に素晴らしく、彼女の高貴な家柄を表していた。そして教官たちの目にも好印象に映ったようであった。
「あの女学生の剣筋はなかなかだな」
「ああ」
近くで教官達が話している声が聞こえた。
受験生が次々呼ばれていくが、ほとんどが受験生が打ち負かされていく。
唯一、上級生との試合で勝てたのはガイだった。
『カアン!』と硬い樫の木が打ち合い、乾いた音が闘技場に響く。
ガイの振り下ろされた木剣が、相手の木剣にぶつかった。
相手の木剣は音を立てて真っ二つに折れた。
ガイの勝利だった。
試合の終わったガイは倒れた試合相手を立つのを手伝ったあと、握手をしてからレイン達の元へ戻った。
「ガイって何者?」
思わずレインは聞いた。
「俺?元騎士なんだよねー」
それを聞いた、レインは口をぽかんと開けていた。
「まじか」
そう呟いたのはレインではなくセトだった。
「まあ、そんな感じ」
ガイは答えるが、一体どんな感じなのか。
そして、この男は何者なのかいろんな疑問がレインの中で生まれる。
次々と試合が終わり、やがてレインの名が呼ばれた。
「レイン・ヴァルシア!」
レインは呼び出され、前に出た。レインの悪い予感は当たるものだ。
指定された上級生は、あの黒髪の男であった。
レインは咄嗟に知らないふりをして、隣の上級生の元へ行こうとした。
「おい、お前の相手は俺だが?」
通り過ぎようとした時、苛立ちを混ぜた低い声がレインに届く。
(バレたか。仕方ない)
レインは何事もなかった様に、その男の前に戻り、剣を構えた。
「上級生を無視するとはいい度胸だな」
またしても怒りを買ったらしい。
「いえ、気のせいです!」
流石に何か言わないとなと思って出た言葉がこれである。
周りはきっと何が気のせいだよと思っていそうな雰囲気であった。
空気を一新する様に、審判であるゼルディア副学長が咳払いをする。
「ゴホン!」
レインは木剣を握りしめ、構えの姿勢をとる。
(絶対に勝つ…!)
「はじめ!」
合図と共にレインは大地を蹴り、駆け出した。




