第十話
第十話
レインは竜騎士学校内の中を青年の後ろを追って歩いていた。
石造りの回廊に二人分の靴音が響く。まだ日暮れ前だと言うのに学校の中は薄暗くひんやりとした空気が肌にまとわりついた。
(やけに立派な建物…、学校にしてはデカすぎない?)
その疑問を見透かしたように、前を歩く青年が口を開く。
「ここは五芒星城というんだ。いつ誰が建てたのとか、どうやってここに建てたのかというのは不明なんだけどね」
軽く振り返りながらの説明に目を瞬かせた。
(何故不明なのだろうか。歴史に乗らないぐらい昔に作られたってこと?)
「五芒星城…ですか。どうしてどんな名前なんですか?」
「単純だよ。上から見た時この城は五角形をしている。君も竜に乗る様になればわかるよ」
言われてみれば、通ってきた廊下や部屋の配置も歪だが規則的な形が多い気がした。
「なるほど……」
やがて廊下の突き当たりでセインの足が止まる。
「ここが寮に続く階段だよ。左の階段が女子、右が男子」
確かに左右に続く階段があるのはいいが、レインはその間に据えられた物が目に入った。
人の背丈を優に越える巨大な竜の像。
しかも、頭が一つではなく、八つの首が絡み合い、それぞれが牙を剥いている。
「……なんだか不気味ですね」
「そうだな。実際の竜と似ても似つかない。そうだ、これ渡しとくね」
思い出したように、鍵を差し出されたためそれを受け取る。
「君の部屋の鍵はこれ。無くさないように。夕飯は食堂であと半刻後から。食堂の場所は分かるね」
鍵は金属で出来ていたが、経年劣化で全体的に変色している。そういえば、昼にご飯をかき込んだせいか、味合う暇がなかったためお腹が空いている気がする。
「はい」
「あとは、明日の昼前には合否が講堂前に張り出されるから」
試験――――――――
その言葉を思い出し、気が引き締まる。
一番知りたいことを聞くのを忘れていた。セインの話からだと、教官たちは一晩で合否を決めるのらしい。
その結果にレインの命運は左右されるのだ。
「……わかりました」
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。ありがとうございます」
鍵を握ったまま、深々とお辞儀した。
もう試験は終わったのだ。レインができることは何もない。
「はあ…」
ため息をついたが、気を取り直し前に進む。
長い階段を登ると一直線に伸びた廊下が現れる。等間隔に並ぶ木製の扉。レインは鍵に書いてある部屋を探す。
レインは部屋の番号が書かれた扉の前で足を止める。
軽くノックし部屋を開ける。
「おお!レイン、ケガはもういいのか!」
中にいたのはリンだった。こちらに大股で近づいて話しかけてくる。
「救護室で手当してもらったし、試験も全部終わらせてきたよ」
「そうか、それはよかったな」
リンは満足げに頷く。
「今は荷解きしていたところさ」
「いやまだ、合格したわけじゃないんだから、……気が早くない?」
「何をいう。こういうのは願掛けだろ」
胸を張るリンに、レインは思わず苦笑した。
(なるほど、そういう考え方もあるのか……)
出会ってから一日も経っていないが、だんだんリン・ネメリシアという人物が少しずつ見えてくる。
「そういえばリンって、なんで竜騎士目指してるの?」
同じ部屋になったのも何かの運命だと感じたレインは尋ねてみた。
「勅命だ」
短く、しかしはっきりした声。
「我が公爵家に竜騎士になれと命が下った。だがうちは7人兄弟で兄貴は体が弱く、弟は幼い。姉2人は嫁いでいて、妹たちには任せられなかったから私が来た。」
淡々と話しているが、その裏にある重さは十分に伝わる。
「まあ、そう重く捉えるな。幸いうちは武芸に長けていてな。特に、男勝りな性格の私には合っていたのかもしれん」
「リンも…?」
レインは少し違和感を感じたが、すぐにリンがその違和感につて説明してくれた。
「ああ、君も貴族だったのか。」
リンは荷解きの手を止め、リンに向き直る。そして話を続けた。
「竜帝国は竜への信仰心があれば、竜騎士になるのは容易いと言っているが、実際はそうじゃないだろう?」
確かに、この大陸の竜への信仰が厚く、この国の発展は竜のおかげとも言われている。
「実際は、王命を受けてやってくる貴族が大半ってこと?」
確かに受験生達を見るとレインより明らかに質のいい装いをしている者が多かった。
「そうだ。」
リンは静かに言い切る。
「何故か君は知っているか?」
リンにそう問われレインは考え込む。
何故、竜への信仰心を示すため?いやそれでは竜帝国にとってメリットにはならない。レインはやがてぞっとする答えに辿り着く。
「もしかして、王侯貴族の勢力を削るため?」
「正解だ。表向きは竜への信仰を掲げてな。もし、竜騎士になれなかったら、相応の罰を家門が背負うことになるからな」
「じゃあ、リンが竜騎士にならなかったらどうなるの?」
さらりと告げられた言葉に、重みがのしかかる。
「公爵家の領地が没収されヘルメス領になるようだな。そういうレインは?」
「うちは爵位剥奪と領地没収だよ」
「やはりか…」
「まあ、こうしてお互いのこと知ることができたし、そろそろ夕飯食べに行こうよ」
「うむ、そうだな」
レインとリンは部屋を後にし食堂に向かう。行く途中にガイとセトを見つける。
――――――――――――――――――――――――
「やっぱりどこの国の貴族もそんな感じなんだなー」
セトが夕飯を食べながら話す。貴族とは思えないほどの行儀の悪さである。
しかし、それはレインも同じである。
「ほおなんだほねえー」
レインも似たようなものだった。
王侯貴族の勢力とか今はどうでも良かった。今は目の前の食事に夢中である。
レインはパンに包まれた羊肉を口いっぱいに頬張っていた。しかも焼きたてである。
(うまい……!)
昼は味わう暇がなかった。けれど今は違う。
香ばしいパンと、肉の旨み。
それだけで胸がいっぱいになる。
(合格すれば、毎日これが食べられるのかな……?あとで食堂の人に聞いてみよう)
母が亡くなってからレインはまともな食事を作れた試しが無く、パンと野菜を薄めたようなスープで育ってきた。
今思えば粗食で育ってきたから、この貧相な体になってしまったに違いない。
だからこそ、この温かい食事がやけに沁みる。
「お前ら食べるか、話すかどっちかにしろ!」
そう一喝するのはリンである。
こんな美味しい食事を目の前にして上品に食べていられるのはリンが生粋の貴族であるからであろう。
レインはどちらかというとなんんちゃって貴族だ。
「でも確かにこれ美味しいぜ」
肯定という名の援軍を送ってくれたのはガイだったが、リンはそれを無視した。
「みて!このスープにも肉が入ってるよ!」
心底、嬉しそうに語るレインの目は輝いていた。
食べ続けるレインを見る目が驚きから困惑、そして憐れみに変わっていく。
「そうか、そうか、いっぱい食え。私の分もやろう」
あまりのレインの喜びようを見て、唖然とし、羊肉入りパンを分けてくれたのはリンである。
「お前、一体どんな生活送ってきたんだよ…」
レインのあまりのかぶりつきように、本当に貴族なのかと引き気味の目を向けてくるのはセトである。
「へ?」
(どんなと言われてもなあ。農民貴族?貧乏貴族?)
農民みたいな生活をしてきた自覚はある。
自分が何者なのか――。
その答えは、まだはっきりしていない。




