第五話
第五話
旅立ちの前日
森の空気はキリリと張り詰め冬が近づいているのを感じさせる。
吐く息は白く濁る。
静寂な森にカサリ、と落ち葉を踏み鳴らす音が響く。
「はぁ…っ、はぁ…!」
レインは肩を大きく上下させ、額の玉のような汗を拭った。
手にした木剣は2ヶ月前と比べものにならないほど手に馴染んでいる。
目の前には、相変わらず隙のない構えで立つ師。
レインとは違い、息一つ切らしていない。
「最後だ…。来い、レイン。」
低い地響きのようだが、もう聞き慣れた声。
レインは地を蹴った。
(くわを構える時と同じ…、腰を落として、大地の力を剣に伝える…!)
ブンッ
空気が爆ぜるような鋭い音がなった。
ガルドの木剣と重なる。
ガルドの眉が僅かに動く。力任せではないしなやかな一撃。しかし次の瞬間、レインは木剣ごと跳ね返された。
今までであれば、そのまま地面に転がっていたところだが、つかさず受け身をとり、体制を立て直す。
そのまま間髪入れず、相手の背後に回り込む。そして、もう一撃、もう一撃、と続けた。
「そこまで」
最後、体制を立て直すことができず、レインが足を取られたところで終わった。
(結局、一本も取れなかった……。)
悔しさや情けなさで頭がいっぱいになった。
そして、領民たちのことを考えると自分の不甲斐なさで、地面から顔を上げることができなかった。
「2ヶ月よく耐えた」
師から出た言葉は、意外にも労いの言葉だった。
顔を突っ伏したままレインは答えた。
「なんで、叱ってくれないんです…」
ノロノロと地面に手をつき起き上がる。
「本当のこと、言ってください!!」
「そんなんじゃ領民を守るどころか、竜騎士にもなれないって…!!」
止まらなくなった言葉は、涙と共に溢れ出た。
レインは2ヶ月懸命に剣や竜について学んだ。
しかし、時が皆、平等であるように準備する期間が短すぎた。
剣はなんとか形にしたものの、実践ではきっと役には立たないだろう。
「俺は、今まで復讐のために、剣を振い、ドレイガを倒してきた。しかし、お前は違う。誰かを守るために戦うやつが強いことを、俺は知ってる。俺の竜‥‥。ティティがそうだったように」
ガルドは嫌な記憶を思い出したように眉を寄せ、自分の思いを打ち明けてくれた。
その顔は嫌悪というより後悔に苛まれているかのようだった。
「俺は大切なものを失ってようやく気付いた。だから、自信をもて。お前はこれから強くなれる」
ガルドにとって大切だったのは相棒の竜だったのだろう。
ここで自分の弱さを嘆いても、逃げることは許されない。
ここで逃げ出したらレイン自身が己を許せないだろう。
だから精一杯、出来ることをやろうと自分に誓い涙を拭う。
「わ、私、がんばりますッ。師匠と師匠の竜の分までっ」
レインの顔は涙と土が混ざってぐちゃぐちゃになっていた。
そんな顔を見てガルドは目を細めて呆れたように笑った。
「出来るもんなら、やってみろ。せいぜいがんばるんだな。」
その声音は今までで1番優しい気がした。
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「お前に渡すものがある。」
小屋から出てきた、ガルドは鞘に入った剣を渡してきた。
「わざわざ、私のために!?」
剣は見るからに新しく、鍔の中央に綺麗な赤い宝石が埋め込まれていた。
それは血のように濃く、よく見ると透き通る石の中を静かに脈打っていた。
「ああ。元々お前専用に作らせた。普通の剣より軽くしてもらってるから扱いやすいはずだ。」
「それに魔鉱石が入っている。魔鉱石はドレイガの負の波動を調和するから実戦でも使えるぞ」
「魔鉱石!ってことはめちゃくちゃ高いやつじゃないですか!」
初めて魔鉱石を見たが、レインが気にするところはそこだった。
「‥‥。竜騎士だったんだから、金ならあるぞ」
なんとも言えない顔を見せたガルドだが誠実に答えてくれる。
竜騎士になるとそれなりのお給金が出るのか。それはいいことを聞いたと考えるレインであった。
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レインが帰り支度を終えてガルドに向き直った。
「師匠!今までお世話になりました!!」
「達者でな」
「師匠もどうかお元気で!」
ブンブンと勢いよく手を振った。
最後までガルドに聞けなかったことがある。
竜の呪いにかかったものはどれくらい生きられるのか。
もしかしたらこれが永遠の別れとなってしまうのではないかと頭の片隅でずっと考えていた。
できるだけ早く竜騎士になってガルドに成長した姿を見せようと決意し、帰りを急いだ。
旅立ちの日
空気の澄んだ、晴れた朝だった。寒さが冬の始まりを感じさせる。
レインはこれから待ち受ける試練を考え、昨晩は眠れなかった。しかし、それを払拭するように自分自身に声をかける。
「絶対に帰ってくるのよ」
自室を出たレインは見慣れた屋敷を目に焼き付けるように階段を降りる。
乗合の馬車はもう自宅の前まで迎えに来ている。
玄関の前には、門と花一つ植えられていない寂しい庭を行ったりきたりしているヴァルシア男爵がいた。
レインは少し、緊張がほぐれたように笑って話しかけた。
「お父様。準備できたわ」
レインは一つの古びたリュックを背負い斜め掛けの鞄を持っている。
格好はいつもの農民のような姿に、父のお下がりの上着を羽織っている。
さらにいつもと違うのは目立つ赤髪を隠す様に帽子をかぶっていたことと、腰に大きな剣を持っていることだった。
「本当に行くのかい?」
心配の感情が全て顔に出ている様な表情でレインに問いかけた。
「今更そんなこと聞くの?」
レインは眉尻を下げ困ったように聞き返した。
姿勢を正し、改めてレインは話す。
「お父様、今まで育ててくれてありがとう。私、絶対竜騎士になって帰ってくるから」
「本当に行ってしまうんだね。父親として与えられるものは少なかったけど、この世の誰よりも、君の人生が喜びで、満ち溢れることを願っているよ」
ヴァルシア男爵にとってレインは全てだった。
「お父様は私にたくさんのものをくれたわ」
にっこり微笑んで父に子供の様に抱きついた。
「いってきます」
これは最後のお別れじゃない。だから涙は流さない。
「君は私の誇りだ。いってらっしゃい。」
そう言ってレインを送り出した。
屋敷の前に来ていた乗合の馬車に乗るレイン。父が見えなくなるまで手を振り続けた。
ヴァルシア男爵がレインを見送るように、もう一人の男がレインの出立を遠くの木の影から見守っていた。
そのことをレインは知る由もない。




