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第三話

第三話


「俺に何か用があるのか?」

 その声は明らかに機嫌が悪い。

 男はレインの首に剣先が当たるスレスレのまま訝しげにレインに問いかけた。

 

「相当な剣の使い手だとお見受けします。お願いがあってきました!」

 レインは震える声で一生懸命話す。

 

 相手からの返答はない。レインを見定めているのだろうか。

 

 それにしても相当の手練れなのか、レインが恐怖でプルプル肩を揺らしていても剣で切れることは無かった。そもそもレインは後ろにいた事に気づけなかったのだからすごい剣士に違いない。

 

 しばらくすると敵意が無いと判断したのか剣を鞘に収めた。

 

 レインは胸を撫で下ろし、男の方に改めて振り返る。

 男の見た目は髪と目はありきたりな焦げ茶色で無精髭を生やしている。

 

 そこまでは別にいいのだ。

 問題は顔半分を覆う布と両腕の指先まで包帯を巻いている。

 


 レインは姿勢を正し改めて自己紹介をした。

「申し遅れました。ヴァルシア男爵が娘のレイン・ヴァルシアと申します。あなたにお願いがあって参りました。」

 

「お貴族様が俺に頼み?」

 

「はい。先日、王より、私が竜騎士にならなければ我が家の爵位を剥奪するとの勅命を受けました。故に剣を扱える方を探しております。不躾なお願いではあるのですが、どうか私に、」

 レインが言い終わる前に男は短く言い放った。

「断る。」

 

「話はまだ終わって無いです!」

 男はレインに目もくれず、小屋に入ってしまった。

 

 初対面で剣を突き立てた男の警戒心を解くのは難しいであろう。しかし、ここで立ち止まるレインではない。

 

 その後、日が暮れるまで男が出てくるのを待った。しかし男が出てくる気配はない。


「流石に帰るしか無いかな。また明日来よう。」

 ため息をつきながらトボトボ屋敷に帰ることにした。

  

(入学試験の日まであまり時間は無い。明日も来よう。絶対に、諦めない。)

 頭の中で考えながら、自分自身に誓った。

 レインの目には赤く染まった夕焼けが映っており、髪と同じように赤く輝いていた。

 

 次の日。太陽が東から登る頃。

 男は小屋の扉を開けた。

「おはようございます!師匠!」

 扉の前には、昨日の少女が立っており、元気よく挨拶してきた。

 

 ただ少し違うのは昨日は令嬢らしかった格好が農作業をする少年の様な服装になっていた。

 それだけではなく、腰まであった髪は短くしたのか、邪魔にならないように後ろで一つに括ってある。

 

「誰が師匠だ。何遍来ても同じだぞ。帰れ。」

「いいえ。大丈夫です!」

 何が大丈夫なんだという顔でちらっと少女を見る。

 昨日とは違い、剣を突き立てられることはなかったため、レインが男に付き纏うことが決定した瞬間出会った。

 

 その後、男はレインを無視することにした様子だった。

 

 男にとって予想外だったのはレインという少女はどこまでもついてきて、ずっと話かけてくる。

 それはもう、しつこかった。

 

「と言うわけで、イヤール子爵ってのは悪党なんです。だから私、竜騎士にならなくちゃいけなくて!」

「数年前に飢饉があってからというものの、最近になってようやくまともに農作物が、」

「うち男爵というのは名ばかりなんです。本当に貧乏で、どれくらい貧乏かっていうと、」

「髪は短い方が扱いやすくて良いですね!でも昨日この姿を見た父と言ったら、、、」

 

 男は一瞬剣をチラつかせて追い払おうとしたが、レインは距離をとり、木の後ろから大声で話かけてきた。

「だから、今年の稲はここ数年の中で1番の収穫量なんですよーー!!!聞こえますかーーー!!」

 

 追い払うどころか、少女のやかましさが増しただけであった。

 

 これが数日続いた後、先に折れたのは男の方であった。

 

 長い間1人で過ごしてきた男にはそれはもう拷問のような時間だったようだ。

 ついに我慢の限界に達し、男は口を開いた。

「わかった!剣でもなんでも教えるから少し黙ってくれ!」

 

 レインはパッと顔をあげ目を見開く。

 

「師匠!ありがとうございます!」

 

 少女は目を輝かせたかと思うと、次には悪巧みを持ちかけるように片手を反対の頬に添え男に近づきニタっと笑った。

 

「『なんでも』教えてくれるんですよね?」

 

「ああ。」

 男は苦虫を潰したような顔で短く返事をした。数日前に、剣を向けた時の態度とは随分と違かった。

 

「これから、よろしくお願いします!!」

 レインはその返事を聞き喜んだ。

 

 場所を変え、少女と男は小屋の中にある丸太の椅子に向かい合わせで座った。

 

「まあ、事情はわかった。俺の名はガルド・クレイン。元竜騎士だ。」

 

「そうなんですか!?」

 レインは実のところ、ただの騎士か傭兵だったのでは無いかと考えていた。

 そのため、竜騎士であったことに驚きを隠せない。

 

(元竜騎士!これなら入学試験は楽勝なんじゃない!?最近嫌な知らせばかり続いてたけど、私にもつきが回ってきた!)

 

「おい、何を考えてるか顔に出てるぞ。」

 

 そう言われたことで自分の顔がニヤニヤしていることに気づく。慌てて、真剣な顔に戻そうと自分の頬を摘む。

 

「すみません。」

 

「そんなんじゃ、先が思いやられるな。俺が教えられることは限られてる。剣は見たところ、握るだけで精一杯そうな体だが?」

 

「剣は握ったことはありませんが、畑を耕す鍬の扱いにはたけています。」

 レインは自慢げに話す。

 

 それを聞いたガルドは呆れたように呟く。

「どうしたものか‥‥」

 

「あはははは‥‥」

 

 気まずい沈黙が2人の間に流れる。

「まずは、体力と筋力だ。」


「領民のために頑張ります」

 レインが宣言したのち、地獄の訓練が始まった。

 入学試験まで3ヶ月ばかりである。しかし移動の時間を含めると修行できるのは実質2ヶ月程度である。

 

 

 今日は天気が良く、修行日和だった。静かな森の中にレインの情けない声が響いていた。

「はあ、はあ、死ぬう。」

 

「うるさい。黙って走れ。」

 レインは荒い息を上げガルドの前を落ち葉や木の枝を踏み鳴らしながら走っている。

 

 毎日、限界まで走らされ、その後にガルドによる筋肉を最速で鍛え上げるという訓練を1週間以上こなした。

 

 そして、ようやっと地獄の訓練がこなせるようになってきたかと思った頃であった。


「今日からこれを使う。」

 

 

 レインに渡されたのは木でできた剣である。


「今日はこれで終わりだと思ったのにぃ。」


 手に持ったまま、木剣を地面に突き立てそのままヘナヘナとしゃがみ込む。

 木剣でもそれなりに重さがある。

 レインはふと、ずた袋に入ったじゃがいも何個分だろうかなどと無駄なことを考えていた。

 

「いいから立て。少し早いがあまり時間がない。」

 事実である。

 レインのように元から身長が低く、痩せ型の者には限界があり、体力や筋力がついてきたと言っても同世代の男子達には到底敵わない。

 いつまでも地面にへばっている弟子を見かねたガルドは両脇に手を入れレインを無理やり立たせた。それはもうカカシを畑に立てるかのように。

 

(意外に優しいんだよなあ。師匠。)

 

「俺が最初手本を見せる。」

 

 ガルドは木剣を握り、ゆっくりと構えた。次の瞬間。

 空気を切り裂く音が森に響く。 

「え。」

 レインの目には、剣の軌道ですらほとんど見えなかった。

 

「お前もやってみろ。」

 

 そんな無茶なとレインは心の中で思ったものの、見よう見まねで構え剣を振り下ろす。

 

「えいっ!」

 

 レインはガルドとは似ても似つかないお粗末な剣であると自覚していた。

 

 しかし、そんなレインをガルドは責めず、続けた。

 

「脇をしめろ。腹にも力を入れろ。」

 

 ガルドに言われてもう一度剣を振る。

 

「手に力を入れすぎだ。身体全体を使え」

 

 なんだか、鍬の使い方に似ているかもしれないとレインの脳裏によぎった。

 

 何度も剣を振り、その度にダメだしをされる。何回、剣を振ったことか分からない。

 

 気づいたら夕暮れを過ぎて、夜になってしまっていた。

 

「今日はここまでにしよう。家まで送っていく。」

 いつもは日が暮れる前に終わる修行だったが、初めてこんな時間になってしまった。

 

「え、良いんですか!?ありがとうございます!」

 やはりガルドは意外に優しいと考えご機嫌になるレイン。

 

 しかし、家までの道のりはそれなりにあり、2人の間に再び気まづい空気が流れた。

 

 明かりの灯されたランプを持ち先導するガルド。

 

 気まづさのあまり、よく考えず口を開いたのはレインだった。

 

「そういえばですけど、師匠は竜騎士なんですよね。師匠の竜はどこにいるんですか?」

 

 ガルドは目を見開き驚いたように一瞬レインをみた。

 

 聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったレインは慌てた様子で何か言おうとするが先に話だしたのはガルドの方だった。

 

「今更気づいたのか。本物のアホだな。それは普通、最初に聞くことだろう。」

 

「弟子に向かってアホとはなんですか!仕方ないでしょう、気づかなかったんだから。」

 

「ふっ。それもそうか。」

 

「さて、どこから話そうか。」

 

「俺が竜騎士を目指したのは‥‥」

 

 

 ガルド・クレインは平民でありレインと同じディロール王国出身であった。

 

 北部の辺境の村は、ドラグーン山脈を背にして広がっており農作物が盛んであった。

 しかし、平和な村に突如としてやってきた1匹の災厄、ドレイガ。

 

 ドレイガは吐く息で村全体を腐らせ人々を死に追いやった。そして、ガルドは家、家族を失った。

 

 ガルドが無事だったのはたまたま出稼ぎで町へ出ていたためである。たった1人残されたガルドは家族の復讐のために竜騎士になることを誓った。

 

 そこまで聞いたレインは鼻の奥がツンとする感じがした。夜風の冷たさが頭を鮮明にする。思い出してしまう。

 

「それは、辛かったですね。」

 レインは人事に思えなかった。レインの母はドレイガによる飢饉で流行り病に倒れ亡くなった。

 

「そうだなあ。」

 どこか遠くを見て何かを懐かしく思ったように呟くガルド。

「だがな、この話はここで終わりじゃない。」

 なぜ竜騎士なのに竜がいないのか、続きを話してくれた。

 

 一人ぼっちになったガルドは竜騎士になるためにたくさんの努力と苦労をしてきた。

 

 そして、竜に選ばれ竜騎士となった。

 

 ガルドが竜騎士として隊を任されるようになった頃。

 

 各国のドレイガの被害が拡大していた。ディロール王国で悲劇は起きた。

 

 普段は群れになって動くことのないドレイガが3体王都に押し寄せた。

 

 ドレイガは竜の翼がもがれたような形をしており、体全体が血が固まったようなドス黒いモヤが覆っていた。

 

 そこに駆けつけたガルド。率いた隊は壊滅状態となりガルドも怪我を負いながら戦った。 

 ガルドの竜が氷の息吹でドレイガの動きを止め、ガルドが核を突き刺そうとした時だった。

 もう一匹のドレイガがどこからともなく現れた。そして、ガルドに向かって跳躍した。


 鋭い牙でガルドを噛み砕こうとした時だった。

 後ろにいたはずの竜がガルドを身を挺し守った。

 竜はドレイガに体ごと引き裂かれ暗闇に呑まれた。

『ティティ!!!』

 ガルドは竜の名前を叫んだが、そこには竜の姿はなかった。

 その瞬間、ガルドは竜が味わったであろう痛みと恐怖に襲われた。

 

 運よく助けられたガルドだったが、竜を失った代償は想像より大きかった。

 

 竜は体を失っても魂が残り、長い時を得て生まれ変わるが、竜騎士は違う。

 ガルドは常に喪失感に襲われるようになった。他の騎士であれば狂ってもおかしくない程に。

 しかし、代償はこれだけではなかった。

 竜を失った騎士は呪われる。

 

「その呪いがこれだ」

 ガルドは顔の右半分を覆っていた布を外す。そこには額から目、頬にかけて鱗で覆われていた。

 

「いずれ、これが全身に広がり、化石のように俺は、死に絶える。俺は復讐に囚われすぎていたせいで、家族のように思っていた竜を守れなかった。皮肉だろ」

 

 そういって鼻で笑った男は今にも死にそうな顔をしていた。

 

「そんなっ」

 なんで、どうして、というような感情がレインの中で生まれた。

 

 ドレイガにより多くの人が命を失った。ガルドやレインのように、ドレイガのせいで悲しむ人はもっと多いはずだ。

 なぜ我々はこんな思いをしなければならないのか、レインの中で色々な思いが混ざり合った。

 自分に、何か、出来ることはないのかと頭の隅まで考える。拳を強く握り、唇を噛み締める。

 

 やがて、レインの頬を目からこぼれ落ちた雫が溢れる。

 

「何故お前が泣くんだ」

 何故と問われ、返事に困る。

 その代わりレインは答えた。

 溢れ出る涙と鼻水で顔がくしゃくしゃだ。

 

「私、立派な竜騎士になって、ドレイガを全部倒します!」

 レインの中では、出会ったばかりのこの男が既に大きな存在になっていた。

 

 だから叶えられるかわからない約束を口に出してしまった。

 

「ははっ。お前に出来るのか?」

 ガルドはまた笑った。

 それはバカにした訳ではなく、やれるものならやってみろ、だがお前なら本当にやってしまいそうだなという笑いだった。

 

 そう話しているうちに気づいたら屋敷にたどり着いた。

「また明日!おやすみなさい」

 レインは挨拶とお礼を言い屋敷の中へ入った。

「また、明日か、、、。」

 ガルドの言葉はレインには届かなかったが何かまた思い出しているようだった。

 

 

 

「ただいま。」

 父は珍しく応接間の椅子に座っていた。今日は誰かきたらしく、テーブルには使用済みのティーカップが置かれていた。

 

「やあ帰ってきたのかいレイン」

 父はどこか疲れたような顔をしている。レインが遅く帰ってきたのにも気付いていないようだった。何か悪い予感がした。

 

「何かあったの」

 

 一瞬、何か言うのを躊躇ったようだがレインに隠すことは出来ないと感じたのか話を始めた。

 

「実はね…、イヤール子爵領から税金を納めきれなくなった、農民の夫婦を村の人が匿っていたみたいでね」

 

 そう力なく答える父を見て、レインの嫌な予感は的中した。

 

「それで、どうなったの」

 

「どうやら、イヤール子爵がその夫婦に懸賞金をかけたようなんだ。誰かが密告したらしくてね。イヤール子爵本人が来て、ついさっき連れて行かれたよ。」

 

「‥‥‥っ」

 イヤール子爵領では税収の取り立てで厳しい。

 もし、納められないとなれば、良くて禁固刑や鞭打ち、重ければ死罪に問われることがある。

 

「私にはどうしようもなかった。」

 

 この国の法律では農民はその領主の所有物であるため、父は引き渡す他、なかったのだ。

 

 こんなことがあったのは一度や二度ではなかった。その度に父が胸を痛め、悲しんでいることを知っている。

 

 だからこそレインは竜騎士にならなければならない。

 レインは無意識に唇をキツく結び、拳を握りしめた。


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