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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第一章

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9/14

潔癖症を解決

 翌朝、私は魔法少女の格好のまま王城に向かった。


 昨日雪さんを送り届けた時、アースラ王子から「明日迎えに来ていい」と言われていたのだ。


 (いや、正確には「明日来い」だったけど)


 城門の前で立っていると、すぐにアースラ王子が現れた。昨日と同じ白いスーツ。金髪が朝の光に輝いている。


 「来たか」


 「お邪魔します」


 アースラ王子は私を一瞥してから、先に歩き始めた。私は後に続く。


 廊下は広くて静かだ。二人の足音だけが大きく響いている。アースラ王子は何か言おうとして、やめた。また言おうとして、やめた。


 (どうかしたのかな)

 「あの、昨日はありがとうございました」


 「別に。たまたま通りかかっただけだと言っただろう」


 「それでも助かりました」


 アースラ王子は何も答えなかった。横顔を盗み見ると、何か考えているような顔をしている。


 (いつもと違う気がするけど……気のせいかな)


 私はそれ以上気にしないことにした。

 廊下の角を曲がったところで、向こうから人が歩いてくるのに気づく。黒髪に涼しげな目元。白い軍服を纏った長身の男性。


 (あの人は……)


 「アースラ」


 男性が立ち止まった。アースラ王子も足を止める。


 「兄上」


 (第一王子!?)


 私は咄嗟に俯いた。魔法少女の格好だからバレるはずがない。バレるはずはないけど、なんとなく目を合わせたくなかった。


 ロイス王子はちらりと私を見る。


 「その娘は?」


 「こいつは医務室で預かっている例の女の見舞いだ」


 「そうか」


 ロイス王子は私の横を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。


 (ひー!あんまり見ないでッ)


 「……」


 「兄上?」


 「いや、なんでもない」


 ロイス王子は一瞬不思議そうな顔を浮かべるも、そのまま歩き去った。


 (たぶん、バレてないよね?……)


 「行くぞ」


 アースラ王子に促されて、私は足を動かした。


※※※※


 雪さんの部屋に通されると、ベッドの上に雪さんが起き上がり、窓の外へ視線を向けていた。昨日よりずっと顔色がいい。薄紫色もほとんど消えている。


 「雪さん!よかった……!」


 「大袈裟ね」


 「大袈裟じゃないですよ!昨日どれだけ心配したか……」


 「うるさい」


 私は雪さんの隣に腰を下ろす。雪さんはしばらく黙ってから、視線を窓の外に向けたまま言った。


 「昨日、手を握ってたでしょ」


 「あ、気づいてましたか」


 「気づいてたわよ」


 「すみません。嫌でしたよね」


 「……別に」


 雪さんは窓の外を見たまま、小さな声で続ける。


 「握っててくれた方が、楽だったから」


 「雪さん……」


 「一回しか言わないから」


 雪さんはこちらを向いた。眉間にシワを寄せたまま、でも真剣な目で。


 「ありがとう。昨日は」


 「どういたしまして」


 「もう言わないから」


 「わかりました」


 二人でしばらく黙った。窓から差し込む朝の光が、雪さんの黒髪を柔らかく照らしている。


 (よかった。本当に、よかった)


※※※※


 数刻後―王城の執務室にて。


 ロイスは書類を手に取りながら、さっきの廊下の場面を思い返していた。アースラが連れていたピンクの衣装の娘。


 (どこかで……)


 「兄上、さっきからどうかしたんだ?」


 顔を上げると、アースラが怪訝そうな顔でこちらを伺っている。


 「いや。さっきの娘のことを考えていた」


 「はぁ!?どうしてだ!」


 「後ろ姿を、以前どこかで見た気がして」


 アースラは深く息を吐いて、少し間を置いてからそっけなく言った。


 「人違いだろう」


 「そうかもしれん」


 ロイスは書類に目を戻した。でも、頭の片隅にその後ろ姿が引っかかって離れない。

 しばらくして、ロイスはふと口を開いた。


 「アースラ」


 「なに?」


 「お前、最近様子がおかしいぞ」


 「気のせいだろ」


 「そうか?」ロイスは書類から目を離さないまま、口の端をわずかに上げた。「さっきの娘、随分と気にかけているようだが」


 「……別に、たまたまです」


 「ほう」


 「偶然が重なっただけです」


 「ほう」


 ロイスはようやく書類から顔を上げた。そして意地悪そうな顔を浮かべながら弟の方をじっと見る。


 「俺があの娘を探し続けているのを、お前は非効率だと言っていたな」


 「言いました」


 「本当は分かっているのではないか?」


 アースラは何も言わなかった。

 ただ、僅かに視線を逸らす。


 「……そんなんじゃない。俺はただ……恩人が気になっているだけ。それだけだ」


 「そうか」


 ロイスは静かに微笑んだ。それ以上は何も言わない。その様子を見たアースラは不機嫌そうに書類を手に取り直したが、文字が頭に入ってこなかった。


 (違う。あれは恩人への感謝だ。それだけだ)


 そう思いながらも、あの魔法使いの姿が頭から離れなかった。友人の傍で、一心不乱に看病していた後ろ姿。声をかけようとして、かけられなかった。


 (なんで声をかけられなかったんだろう)


 その答えを、アースラはまだ知らなかった。


※※※※


 その夜、ボロ小屋に帰ると妖精さんが待っていた。


 「遅かったわね」


 「雪さんのお見舞いに行ってました」


 「様子はどうだった?」


 「回復してました。よかったです」


 私は椅子に腰を下ろした。ロッソとテールが膝に乗ってくる。二匹を撫でながら、私は妖精さんを見た。


 「相談があるんですけど」


 「なにかしら」


 「雪さんを正規ルートに戻す為に、潔癖症を克服させたいんです。方法を一緒に考えてもらえませんか」


 妖精さんは少し考えてから頷いた。


 「いいわ。でも、焦らない方がいい。雪さんのペースに合わせて」


 「わかってます」


 「それと」


 妖精さんの声が少し低くなった。


 「あなた自身の事も、ちゃんと考えなさい。雪さんの事ばかりじゃなくて」


 「……はい」


 私は膝の上のロッソとテールを見つめた。

 自分の事。正規ルート。第一王子と結ばれる。


 (わかってる。わかってるけど)


 今はまず、雪さんだ。


 (雪さんを助けてから、考える)


 そう心の中で決めて、私は目を閉じた。


※※※※


 数日後。


 「というわけで、潔癖症克服作戦を開始します!」


 ドワーフの家のキッチンで、私は五人に向かって宣言した。カリフ、フーラ、マロン、ミミ、ゴンゾが一列に並んでいる。雪さんはというと、腕を組んで壁にもたれ、不満そうな顔をしていた。


 「正規ルートに戻る為ですよ!」


 「……わかってるわよ」


 渋々ながらも、雪さんは参加してくれている。それだけで十分だ。


 「まずカリフさん、お願いします!」


 「はい!」


 カリフが張り切って前に出た。手には新しく開発した洗剤と、ピカピカに磨かれた調理器具一式。

 「食材と調理器具を全部この洗剤で洗います。雑菌除去率99.9%です!」


 「99.9……」


 雪さんの眉間のシワが少し和らいだ。数字に弱いらしい。


 カリフが食材と調理器具を丁寧に洗い上げると、ミミが食材を綺麗に並べた。


 「ゆきさまが好きそうな食材、選びました」


 「……ありがとう」


 雪さんが小さく呟くと、ミミの耳が赤くなった。


 「では!」


 私はエプロンを締めて、キッチンに立つ。


 「シンデレラ、何をするの」


 「寿司を握ります」


 「す、すし!?」


 「前世にあった食べ物です。素手で作るんですよ」


 雪さんの顔が曇り、青ざめる。


 「す、素手ですって……?」


 「そうです。でも、カリフさんの洗剤で手も洗いますから!」


 カリフが洗剤を差し出した。私は念入りに手を洗い、雪さんに見せる。


 「ほら、綺麗でしょう?」


 「……まあ」


 私は薄く切ったライ麦パンに燻製肉とチーズを乗せ、素手でくるりと握った。小さくて丸い、それっぽい形のなんちゃって寿司の完成だ。


 「へいおまち!」


 「何が『へいおまち』なの」


 「板前の掛け声です」


 雪さんはじっと寿司を見つめた。


 フーラとマロンが固唾を飲んで見守っている。ゴンゾは腕を組んで静かに待っている。ミミは壁の陰からそっと覗いている。カリフは洗剤を握りしめたまま祈るような顔をしている。


 「……」


 雪さんは手を伸ばした。

 つまみ上げて、口元に近づける。


 「……っ」

 直前で止まった。


 「大丈夫ですよ」


 「わかってる!」


 「雪さん」


 「うるさい、わかってるって言ってるでしょ!」


 雪さんはもう一度口元に近づけた。また止まる。


 (焦らないで待とう)


 私は何も言わなかった。五人も黙って待っている。キッチンがしんと静まり返った。

 雪さんの手が、微かに震えていた。


 「……っ、もう!」


 雪さんは勢いに任せて目を瞑って、口に入れた。

 誰も息をしていない気がした。

 雪さんはゆっくりと噛み続ける。


 そして――飲み込んだ!


 「……あら、美味しいじゃない」


 「雪さん!!」


 「やったー!!」とフーラが飛び上がった。


 「すごい!すごいですゆきさま!」とカリフが洗剤を放り投げた。


 「ゆきさまー!」とマロンが突進しようとして、

 「近づかないで!」

 「えへへ」


 ゴンゾは何も言わなかった。ただ、静かに目を細めて頷く。ミミは壁の陰で、こっそり涙を拭いていた。


 「なによ、大袈裟ね」


 雪さんはそっぽを向いた。でも、耳が真っ赤だ。


 (よかった)


 私は胸の奥で、そっと息を吐く。


 一歩、前に進んだ。

 雪さんを助けられるかもしれない。その実感が、じわじわと広がってくる。

 だけど同時に、胸の奥に小さな棘が刺さった。


 (私は、どうするんだろう)


 正規ルートに戻る。恐らく第一王子と結ばれる。

 何故だか頭の中に金髪王子の顔が浮かぶけど、すぐに打ち消した。


 (今は、雪さんの番だ)


 「シンデレラ」


 「なんですか?」


 「もう一個、握って」


 雪さんがぶっきらぼうに言った。


 「へいおまち!」


 「だから何なのよ、その掛け声」


 キッチンに笑い声が広がった。

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