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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第一章

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引っ越しって退屈

 雪さんから呼び出しを受けたのは、仕事終わりの夕方のことだった。


 「手伝ってほしいことがあるの。今すぐ来て」


 それだけ言って、待ち合わせ場所を告げてきた。相変わらず有無を言わさない呼び出し方だ。


 (まあ、断る理由もないし)


 指定された場所に向かうと、雪さんは既に来ていた。腕を組んで、いつもより険しい顔をしている。


 「遅い」


 「時間通りに来てますよ私……それで、手伝ってほしいことって何ですか?」


 「引っ越しよ」


 「引っ越し?」


 「今すぐあの家を出たいの。物件を探すのを手伝って」


 「…ちなみに今どこに住んでるんですか?」


 雪さんは少し間を置いてから、ぼそりと答えた。


 「ドワーフの家」

 「ドワーフ!?」


※※※※


 雪さんに連れられてやってきたのは、町外れの小さな家だった。


 こぢんまりとしているけど、外壁は綺麗に磨かれていて、窓枠には花が飾られている。玄関前の石畳も丁寧に掃き清められていた。


 「ここがドワーフの家……想像と全然違うっ!」


 「私が掃除したのよ」


 「え?」


 「小汚い家に我慢出来なくなって」


 なるほど。雪さんが住み始めた瞬間から大掃除が始まったわけだ。扉を開けると、中からわっと騒がしい声が飛び出してきた。


 「お帰りー!ゆきー!」

 「ゆきさまー!」

 「今日もきれいだねー!」


 雪さんの腰あたりまでしかない小さな五つの人影が、玄関に向かって突進してくる。


 (か、可愛い…!)


 思わずそう思ったのも束の間。

 「近づかないで!!」


 雪さんの一喝で五人が止まった。しゅんとなりながらも、それでも嬉しそうに雪さんを見上げている。

 その中の一人、一番小柄な子がこちらをちらちらと見ている。目が合うと、すぐに後ろに隠れてしまった。


 「お客さんだー!」


 別の一人が私に気づいて元気よく手を振ってくる。全く物怖じしない。


 「シンデレラっていいます。よろしくお願いします」


 「わー!かわいいねー!」

 「ゆきさまのお友達?」


 「友達じゃないわ」と雪さんが即座に言った。

 「知り合いです」と私も即座に言った。


 息がぴったり合ったのが少し悔しい。


 雪さんは私にここで待つように言いつけると、ブツブツと文句を言いながら、自室であろう部屋へと早足で入って行った。


 「えーっと……皆さんのお名前を聞いてもいいかな?」


 ドワーフの五人はそれぞれ自己紹介を始める。ゴンゾ、カリフ、マロン、ミミ、フーラ。


 「マロン、シンデレラとなかよくなりたい!」


 「えっ?」


 マロンと名乗った子がいきなり私の手を握ってきた。


 (あ、この子が距離感おかしいんだな)


 「こらっマロン、初対面の人に馴れ馴れしいぞ」


 ゴンゾが低い声でマロンを宥める。どうやら五人のまとめ役らしい。マロンは「えへへ」と笑いながら手を離した。だが、全く反省はしていない顔だ。


 「ゆきさまのお友達なら大歓迎です。あ、これよかったら」


 カリフと名乗った子が、棚から小瓶を取り出してきた。


 「除菌スプレーです。僕が作りました」


 「え、自分で作ったんですか?」


 「はい。ゆきさまが来てから、衛生面で役に立てるものを色々研究していて」


 棚の中を覗くと、びっしりとメモが貼られた瓶や箱が並んでいる。


 (この子、相当研究してる…)


 「ゆきさまに使ってもらえると嬉しいんですけど、怒られそうで言い出せなくて」


 カリフは少し寂しそうに俯いた。


 一方、ミミはずっと部屋の隅にいた。こちらをちらちらと見てはいるけど、なかなか近づいてこない。目が合うたびにぱっと視線を逸らす。


 (恥ずかしがり屋なのかな)


 すると、何やら香ばしいいい匂いが私の鼻腔を掠めた。匂いの正体は恐らくミミさんの手からだ。


 「ミミさん、その手に持ってるのは何?」


 「……ゆきさまが好きそうなお菓子、研究してて。でもまだ納得いくものができてなくて」


 「え、お菓子も作ってるの?」


 「ゆきさまって、甘いもの好きなのかなって思って……でも怒られたら嫌だから、まだ言えてなくて」


 ミミはもじもじしながら答えた。


 (みんな、雪さんのためにこんなことを)


 胸の奥がじわりと温かくなった。


 「フーラとマロンは?」


 「僕達はゆきさまと仲良くなる方法を毎晩話し合ってます!」とフーラが元気よく答えた。


 「昨日も三時間話してた!」とマロンが付け加えた。

 (三時間…)


 「でも、なかなかうまくいかなくて」とフーラが苦笑いした。「ゆきさまって、近づくと怒るから」

 「僕達のこと嫌いなのかな」とマロンが少ししょんぼりした顔で言った。


 その時、ゴンゾが静かに口を開く。


 「嫌いじゃないと思うよ。ゆきさまはちゃんとご飯も作ってくれるし、家も綺麗にしてくれる。嫌いな相手にそんなことしないだろ?」


 五人の中で一番落ち着いた声だ。ゴンゾの言葉に納得するようにドワーフ達は頭を上下に振った。


 (そうか、雪さんって文句言いながらもちゃんとやってるんだ)


 私は改めて家の中を見回す。隅々まで磨かれた床、整然と並んだ食器、窓枠の花。全部雪さんがやったのだろう。


 (伝えなくちゃ)


※※※※


 夕方、引っ越し先の物件をいくつか回った帰り道。雪さんはどれも気に入らなかったようで、眉間のシワが深くなっていた。


 「どこも中途半端ね」


 「雪さん」


 「なに」


 「ちょっと見てもらいたいものが!」


 私は鞄の中から、カリフから預かってきた瓶と箱を取り出した。漂白剤、洗剤、石鹸――彼の研究の成果だ。


 「なにそれ」


 「ドワーフさん達が作った物です。雪さんの為に」


 雪さんの動きが止まった。


 「ずっと雪さんが掃除するのを見てたから、もっと役に立てるものを作りたかったって。漂白剤と洗剤と石鹸は全部手作りで、私も使って見ましたが、効果は前世の世界の物と比べても遜色ありませんでした!」


 雪さんは黙って瓶を受け取った。蓋を開け手で仰ぐように匂いを確かめている。


 「ミミちゃんは雪さんの好きそうなお菓子を研究中で、フーラちゃんとマロンちゃんは仲良くなる方法を毎晩三時間話し合ってるって」


 「…三時間」


 「はい。三時間」


 雪さんはしばらく黙ったまま、手の中の石鹸をじっと見つめる。


 「…馬鹿ね」


 「え?」


 「直接渡せばいいじゃない。なんで隠してるの」


 「怒られると思って渡せなかったみたいですよ」


 「怒らないわよ、こういうのは」


 雪さんは小さく鼻を鳴らした。でも、その声はいつもより少しだけ柔らかい。


 「引っ越しの話なんだけど」


 「はい」


 「……また今度にするわ」


 「本当ですか!?」


 「あの家、あそこまで綺麗にしたし、愛着もあるのよね。だからもう少し住んであげるわ」


 雪さんはふいっと顔を逸らした。


 (耳、赤いですよ)


 そう思ったけど、口には出さない。

 言ったら怒られるのはわかっていたから。


※※※※


 ドワーフの家に戻ると、五人が玄関で待ち構えていた。雪さんが前に立つと、皆神妙な面持ちでゴクリと喉を鳴らす。


 「引っ越し……とりあえずはやめることにしたわ」


 五人が一斉に歓声を上げた。


 「やったー!!」

 「ゆきさまー!!」

 「わーい!!」


 「近づかないで!!」

 雪さんの一喝で五人がまた止まる。でも今回は、雪さんの声がほんの少しだけ弱かった気がした。


 「ただし、ルールは守ること。食事は別、生活空間には入らない、触らない。それが守れるなら一緒にいてもいいわ」


 「はーい!」と五人が声を揃えた。


 「それと」


 雪さんは鞄から漂白剤の瓶を取り出した。


 「これ…ありがとう」

 カリフが目を丸くした。それからじわじわと顔が赤くなっていく。


 「つ、使ってくれるの!?」


 「使えるかどうかは試してみないとわからないわ」


 「わあ…!」


 カリフは今にも泣き出しそうな顔をしていた。ミミは雪さんの言葉を聞いて、壁の陰でそっと涙を拭いていた。


 マロンがすかさず雪さんに近づこうとして、


 「近づかないで」

 「えへへ」

 全く懲りていない。


 (この子は一生こうなんだろうな)


 フーラはゴンゾの肩をとんとんと叩いた。


 「ゴンゾ!よかったね!」

 「ああ」

 ゴンゾは短くそう言って、静かに目を細める。その顔が、なんだかとても嬉しそうだった。


 私はその光景を見ながら、静かに息を吐く。


 ここは白雪姫の世界だ。正規ルートとはかけ離れているかもしれない。でもドワーフ達は本物で、雪さんへの気持ちも本物だ。


 「シンデレラ」


 「なんですか?」


 「今日は…まあ、手伝ってくれてありがとね」


 「どういたしまして」


 雪さんはすぐに顔を逸らした。

 夕焼けがドワーフの家を橙色に染めていた。中からは五人の賑やかな声が聞こえてくる。


 (雪さん、少し笑ってたな)


 一瞬だったけど、確かにそう思う。

 私は帰り道、なんだかとても温かい気持ちで歩いた。

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