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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第一章

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6/14

対決って退屈

 翌朝、仕立て屋に向かう前に私は雪さんと落ち合った。待ち合わせは昨日と同じ路地裏。雪さんは既に来ていて、壁に寄りかかることもなく、ただ腕を組んで立っていた。


 「おはようございます、雪さん」


 「…おはよ」


 朝の挨拶がこんなにぎこちない相手も珍しい。でも、昨日よりは少しだけ警戒が薄れた気がした。


 「それで」と雪さん。「昨日の話の続きだけど」


 「声の主について、ですよね」


 「そう。あれが何なのか分からない限り、正規ルートに戻っても安心できないわ」


 「私は魔法をもっと上達させたいなぁ」


 「…目的は違うけど、調べる方向は同じね」


 雪さんはしばらく黙って私を見た。値踏みするような目だ。


 「協力しましょう。あなたと私で」


 「賛成です」


 「ただし」


 「ただし?」


 「馴れ馴れしくしないで」


 「…善処します」


 「善処じゃなくて徹底して」


 「…はい」


 こうして私達の、打算まみれの協力関係が始まった。


※※※※


 その日の昼過ぎ、仕立て屋で針を動かしていると、裏口の扉がいきなり開いた。


 「シンデレラ!」


 「わっ!?な、なんですか急に!」


 飛び込んできたのは雪さんだった。いつも整っている髪が少し乱れていて、眉間のシワがいつもより深い。


 (雪さんがこんな顔をするなんて…)


 「どうしたんですか?」


 「来て。今すぐ」


 「え、でも仕事が…」


 「いいから来て!」


 有無を言わさない剣幕だ。私は店長に目配せすると、店長は「行きなさい」とだけ言って手を振った。この人は本当にあっさりしている。


 雪さんに引っ張られるようにして外に出ると、路地の先に見慣れた気配がした。


 (あれは…)


 紫色の身体に赤い角。黄色く光る目。


―マジックイーターだ!


 「一匹だけど、さっきから追ってくるのよ」


 「なんで雪さんの所に…」


 「知らない。気づいたらいたの」


 雪さんは腕を組んだまま、忌々しそうにマジックイーターを睨んでいた。自分で戦う気は全くなさそうだ。


 「雪さんは変身しないんですか?」


 「嫌よ」


―即答だ…


 仕方ない。私がやるしかない。


 私は一応毎日持ち歩いているガラスの靴を鞄から取り出し、両足にはめた。それから右足のガラスの靴を三回叩くと、全身は虹色の光に包まれ、ピンクのミニスカートドレスへと変身する。


 「行きます!」


聖者ノ炎イノセントフレイム


 放った炎はマジックイーターの足元に着弾した。直撃ではなかったけど、怯ませることには成功した。


 (よし、いける!)


 そう思った矢先、マジックイーターは口から紫色の光線を吐き出した。前に見たやつだ。


 「っ!」


 咄嗟に横に跳んで避けると、光線は石畳を焦がして消えた。


 (近い!)


聖者ノ炎イノセントフレイム


 再び炎を放つ。今度は胴体に当たった。だがマジックイーターはひるんだだけで、灰にはならない。


 「硬い!」


 「当たり前でしょ」と雪さんが腕を組んだまま言う。


 「弱点を狙わないと」


 「弱点って何ですか!?」


 「知らない」


 「教えてくださいよ!」


 「知らないものは知らないわよ!」


 役に立たない!いや、そんなことを言っている場合ではない。


 マジックイーターが再び光線を放ってくる。今度は二連続だ。一発目を跳んで避けた直後に、二発目が足元を掠めた。


 「あっつ!」


 スカートの先が少し焦げた。危なかった。


 (どうしよう…炎を当てても仕留められない。弱点がわからない)


 私は距離を取りながら必死に考えた。

 マジックイーターの身体は紫色だ。赤い角と羽がある。目と口が黄色く光っている。


―光っている?


 「雪さん!あの目と口、光ってますよね!」


 「そうね」


 「あそこが弱点じゃないですか!」


 「…かもしれないわね」


 「かもしれないって!」


 「だから知らないって言ってるじゃない!」


 賭けだ。でも他に手がない。

 私は大きく息を吸って、構えた。マジックイーターの光る目をじっと見据える。動く度に光の向きが変わる。タイミングを計るしかない。


 (来い…来い…)


 マジックイーターが光線を放つ瞬間、大きく口が開いた。


―今だ!


聖者ノ炎イノセントフレイム!!


 渾身の炎が、開いた口の中に飛び込んだ。


 ガアアァアアア!

 マジックイーターは断末魔のような声を上げ、内側から光が溢れ出した。そのまま全身がぼろぼろと崩れ始め、やがて灰となって消えた。


 「…やった」


 私はその場にへたりと座り込んだ。膝が笑っている。


 「お疲れ様」


 雪さんが無表情のままそう言った。


 「雪さん…少しくらい手伝ってくださいよ」


 「私の魔法……手から毒が出るのよね。気持ち悪い」


 「でも、見てるだけって…」


 「…次は考える」


 「本当ですか!?」


 「考えるって言っただけよ!」


 それでも雪さんにとっては大きな一歩な気がした。私はもう一度大きく息を吐いて、立ち上がる。


 「それにしても妖精さん、全然来ませんね」


 「本当に役立たずね。まあ…そのうち来るでしょう」


 「楽観的ですね……」


 雪さんはふんと鼻を鳴らした。でも、口の端が少しだけ上がったように見えた。


※※※※


 同じ頃―王城にて。


 廊下を歩いていたアースラは、開け放たれた謁見の間の扉から、兄の声が聞こえてくるのに気づいた。


 「まだ見つからないのか」


 「申し訳ございません殿下。城下の古物商から足取りを辿っておりますが、なかなか…」


 「急げ。どこかにいるはずだ」


 アースラは足を止めて、こっそりと扉の隙間から中を覗いた。

 兄のロイスが、侍従を相手に難しい顔をして腕を組んでいる。手元には薄い水色のドレス。


 (また例の話か)


 舞踏会から数日後、兄が突然「娘を探せ」と言い出した時は驚いた。あの真面目な兄が、たった一晩踊っただけの娘にここまで執着するとは。


 (理解できない)


 アースラにとって、恋愛というものはひどく非効率に思えた。会ったばかりの相手に惹かれて、名前も素性も知らないまま探し続ける。そんな事に時間と労力を割く意味が、どうしても分からない。


 「兄上」


 アースラは扉を押し開けて中に入った。ロイスが振り返る。


 「アースラか。何の用だ」


 「用というほどでもないけど…まだその娘を探してるのか?」


 「当たり前だ」


 「一晩踊っただけの相手だろう?名前も知らないのに」


 「それが何だ」


 アースラはため息をついた。


 「非効率だと思わないか?名前も素性も分からない相手を探すなんて」


 「お前には分からんだろうな」


 ロイスは静かに言った。怒っている様子はない。ただ、真剣な目だ。


 「あの夜、あの娘と踊った時の感覚は、言葉では説明できない」


 「…」


 「笑えばいい。だが俺は諦めない」


 アースラには言葉が見つからない。笑う気にもなれなかった。


 (分からない。本当に分からない)


 ただ一つだけ分かるのは、兄が本気だということだ。


 アースラは踵を返して廊下に出た。ふと目を閉じる。瞼の裏には今も、あの夜に出会った――昔、命を救われた魔法使いの姿。あの娘もどこかにいるはずだ。


 (二人とも、どこにいるんだろうな)

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