対決って退屈
翌朝、仕立て屋に向かう前に私は雪さんと落ち合った。待ち合わせは昨日と同じ路地裏。雪さんは既に来ていて、壁に寄りかかることもなく、ただ腕を組んで立っていた。
「おはようございます、雪さん」
「…おはよ」
朝の挨拶がこんなにぎこちない相手も珍しい。でも、昨日よりは少しだけ警戒が薄れた気がした。
「それで」と雪さん。「昨日の話の続きだけど」
「声の主について、ですよね」
「そう。あれが何なのか分からない限り、正規ルートに戻っても安心できないわ」
「私は魔法をもっと上達させたいなぁ」
「…目的は違うけど、調べる方向は同じね」
雪さんはしばらく黙って私を見た。値踏みするような目だ。
「協力しましょう。あなたと私で」
「賛成です」
「ただし」
「ただし?」
「馴れ馴れしくしないで」
「…善処します」
「善処じゃなくて徹底して」
「…はい」
こうして私達の、打算まみれの協力関係が始まった。
※※※※
その日の昼過ぎ、仕立て屋で針を動かしていると、裏口の扉がいきなり開いた。
「シンデレラ!」
「わっ!?な、なんですか急に!」
飛び込んできたのは雪さんだった。いつも整っている髪が少し乱れていて、眉間のシワがいつもより深い。
(雪さんがこんな顔をするなんて…)
「どうしたんですか?」
「来て。今すぐ」
「え、でも仕事が…」
「いいから来て!」
有無を言わさない剣幕だ。私は店長に目配せすると、店長は「行きなさい」とだけ言って手を振った。この人は本当にあっさりしている。
雪さんに引っ張られるようにして外に出ると、路地の先に見慣れた気配がした。
(あれは…)
紫色の身体に赤い角。黄色く光る目。
―マジックイーターだ!
「一匹だけど、さっきから追ってくるのよ」
「なんで雪さんの所に…」
「知らない。気づいたらいたの」
雪さんは腕を組んだまま、忌々しそうにマジックイーターを睨んでいた。自分で戦う気は全くなさそうだ。
「雪さんは変身しないんですか?」
「嫌よ」
―即答だ…
仕方ない。私がやるしかない。
私は一応毎日持ち歩いているガラスの靴を鞄から取り出し、両足にはめた。それから右足のガラスの靴を三回叩くと、全身は虹色の光に包まれ、ピンクのミニスカートドレスへと変身する。
「行きます!」
―聖者ノ炎!
放った炎はマジックイーターの足元に着弾した。直撃ではなかったけど、怯ませることには成功した。
(よし、いける!)
そう思った矢先、マジックイーターは口から紫色の光線を吐き出した。前に見たやつだ。
「っ!」
咄嗟に横に跳んで避けると、光線は石畳を焦がして消えた。
(近い!)
―聖者ノ炎!
再び炎を放つ。今度は胴体に当たった。だがマジックイーターはひるんだだけで、灰にはならない。
「硬い!」
「当たり前でしょ」と雪さんが腕を組んだまま言う。
「弱点を狙わないと」
「弱点って何ですか!?」
「知らない」
「教えてくださいよ!」
「知らないものは知らないわよ!」
役に立たない!いや、そんなことを言っている場合ではない。
マジックイーターが再び光線を放ってくる。今度は二連続だ。一発目を跳んで避けた直後に、二発目が足元を掠めた。
「あっつ!」
スカートの先が少し焦げた。危なかった。
(どうしよう…炎を当てても仕留められない。弱点がわからない)
私は距離を取りながら必死に考えた。
マジックイーターの身体は紫色だ。赤い角と羽がある。目と口が黄色く光っている。
―光っている?
「雪さん!あの目と口、光ってますよね!」
「そうね」
「あそこが弱点じゃないですか!」
「…かもしれないわね」
「かもしれないって!」
「だから知らないって言ってるじゃない!」
賭けだ。でも他に手がない。
私は大きく息を吸って、構えた。マジックイーターの光る目をじっと見据える。動く度に光の向きが変わる。タイミングを計るしかない。
(来い…来い…)
マジックイーターが光線を放つ瞬間、大きく口が開いた。
―今だ!
―聖者ノ炎!!
渾身の炎が、開いた口の中に飛び込んだ。
ガアアァアアア!
マジックイーターは断末魔のような声を上げ、内側から光が溢れ出した。そのまま全身がぼろぼろと崩れ始め、やがて灰となって消えた。
「…やった」
私はその場にへたりと座り込んだ。膝が笑っている。
「お疲れ様」
雪さんが無表情のままそう言った。
「雪さん…少しくらい手伝ってくださいよ」
「私の魔法……手から毒が出るのよね。気持ち悪い」
「でも、見てるだけって…」
「…次は考える」
「本当ですか!?」
「考えるって言っただけよ!」
それでも雪さんにとっては大きな一歩な気がした。私はもう一度大きく息を吐いて、立ち上がる。
「それにしても妖精さん、全然来ませんね」
「本当に役立たずね。まあ…そのうち来るでしょう」
「楽観的ですね……」
雪さんはふんと鼻を鳴らした。でも、口の端が少しだけ上がったように見えた。
※※※※
同じ頃―王城にて。
廊下を歩いていたアースラは、開け放たれた謁見の間の扉から、兄の声が聞こえてくるのに気づいた。
「まだ見つからないのか」
「申し訳ございません殿下。城下の古物商から足取りを辿っておりますが、なかなか…」
「急げ。どこかにいるはずだ」
アースラは足を止めて、こっそりと扉の隙間から中を覗いた。
兄のロイスが、侍従を相手に難しい顔をして腕を組んでいる。手元には薄い水色のドレス。
(また例の話か)
舞踏会から数日後、兄が突然「娘を探せ」と言い出した時は驚いた。あの真面目な兄が、たった一晩踊っただけの娘にここまで執着するとは。
(理解できない)
アースラにとって、恋愛というものはひどく非効率に思えた。会ったばかりの相手に惹かれて、名前も素性も知らないまま探し続ける。そんな事に時間と労力を割く意味が、どうしても分からない。
「兄上」
アースラは扉を押し開けて中に入った。ロイスが振り返る。
「アースラか。何の用だ」
「用というほどでもないけど…まだその娘を探してるのか?」
「当たり前だ」
「一晩踊っただけの相手だろう?名前も知らないのに」
「それが何だ」
アースラはため息をついた。
「非効率だと思わないか?名前も素性も分からない相手を探すなんて」
「お前には分からんだろうな」
ロイスは静かに言った。怒っている様子はない。ただ、真剣な目だ。
「あの夜、あの娘と踊った時の感覚は、言葉では説明できない」
「…」
「笑えばいい。だが俺は諦めない」
アースラには言葉が見つからない。笑う気にもなれなかった。
(分からない。本当に分からない)
ただ一つだけ分かるのは、兄が本気だということだ。
アースラは踵を返して廊下に出た。ふと目を閉じる。瞼の裏には今も、あの夜に出会った――昔、命を救われた魔法使いの姿。あの娘もどこかにいるはずだ。
(二人とも、どこにいるんだろうな)




