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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第一章

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毒リンゴって退屈

 あの妖精さんが戻ってきたのは、何でもない平日の朝のことだった。仕立て屋に向かう道すがら、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、灰色の髪に青いコート。見覚えのある顔が、申し訳なさそうにこちらを見ていた。


 「…お久しぶり、シンデレラ」


 (妖精さん!?)


 2ヶ月ぶりの再会に、私はしばらく言葉が出なかった。出なかったのだけれど。


 「0時に戻るって言いましたよね?」


 「…うん」


 「あれから2ヶ月経ちましたけど」


 「…うん」


 「その間に家が燃えたんですけど」


 「…知ってる」


 「知ってるんかい!!」


 妖精さんは綺麗な顔をしゅんと曇らせた。反論の余地がないのだろう、ただただ小さくなっている。


 「事情があったの。色々と…」


 「色々と、で済む話ですか!2ヶ月ですよ!?」


 「上司に怒られて、その……謹慎になってたのよ」


 「謹慎」


 「独断であなたを魔法少女にしたのが不味かったみたいで」


 私は脱力した。2ヶ月間、妖精さんが現れない理由を色々と想像していた。魔物に捕まったとか、遠くの世界に飛ばされたとか。


―まさか上司に怒られてただけとは。


 「謹慎中も様子は見てたのよ?ただ接触できなくて…」


 「様子を見てたなら家が燃えた時に止めてくださいよ!」


 「それは…ごめんなさい」


 妖精さんは深々と頭を下げた。本当に反省しているのか、ただ謝り慣れているのか、この人の場合どちらかわからない。


 (まあ、戻ってきてくれたからよしとするか)


 「それで、謹慎は解けたんですか?」


 「解けたわ。だから戻ってきたの」


 「じゃあ魔法を教えてもらえますか。色々と、切羽詰まった事情があるので」


 「切羽詰まった事情?」


 「家が燃えました。私達は今、極貧生活です」


 「…それは私のせいでもあるわよね?」


 「そうですね」


 妖精さんは気まずそうに視線を逸らした後、小さく咳払いをした。


 「でも、あなたが使えるのは聖者ノ炎イノセントフレイムだけよ?」


 「へ?」


 「魔法は一人につき、一種類。言ってなかったかしら?」


 「いやいやいや!手から炎を出すだけって!」


 「あ、いけない、上司に呼ばれてるからまた後でね!」


 「あ、コラ!待ちなさい!」


※※※※


結局、妖精さんは捕まえられなかった。


 光の粒になって消えてしまうのだから、当たり前と言えば当たり前だ。私はしばらく妖精さんが消えた空中に向かって手を伸ばしたまま固まっていた。


 通りすがりのおばさんが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。


 (…恥ずかしい)


 気を取り直して仕立て屋に向かいながら、私は妖精さんの言葉を反芻した。


―魔法は一人につき、一種類。


 つまり私が使えるのは、一生聖者ノ炎イノセントフレイムだけということだ。防御も移動も探知も、全部なし。手から炎を出す、それだけ。


 (どうしろっていうのよ…)


 しかも家を燃やした原因もそれだ。使いこなせてもいない魔法を一種類だけ持たされて、マジックイーターと戦えと。


 (無茶苦茶じゃないですか!)


 仕立て屋の扉を開けると、店長がちらりとこちらを見た。


 「おはよう。顔色悪いわよ?」


 「おはようございます。ちょっと色々と…」


 「ふうん」


 それ以上は聞いてこない。このあっさり加減が今日はありがたかった。


 椅子に腰を下ろして針を持つ。黙々と手を動かしながら、私はため息をついた。


 (炎しか使えないなら、炎を極めるしかないか)


 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない結論に辿り着いたところで、店長が声をかけてきた。


 「そういえばエラ、今日の午後は早上がりしていいわよ」


 「え、いいんですか?」


 「ええ。たまには息抜きしなさい」


 (息抜き…)


 息抜きという言葉の意味を、最近すっかり忘れていた気がした。


※※※※


 「ねえ、あなた」


 仕立て屋の裏口から外に出ると、路地の奥に人影があった。


 夕暮れ時の路地裏は薄暗く、石畳の隙間から雑草が顔を出している。人通りはない。


 「私の事ですか?」


 「他に誰がいるの」


 声の主は暗がりからゆっくりと姿を現した。年の頃は私と同じくらいだろうか。腰まで届く真っ黒な髪が夕風に揺れていて、透き通るように白い肌は傾いた陽の光に照らされて蒼白く輝いている。


 「あなた、魔法が使えるでしょう?」


 「……へ?」


 「答えなさいよ」


 随分と横柄な物言いだ。初対面なのに。


 「使えるっちゃ使えますけど……」


 「やっぱり!」


 少女は腕を組み、私をじっと観察するように見つめた。こちらを覗く顔は驚くほど整っている。ただし、その表情は険しくて、眉間には深いシワが刻まれている。


 「あなた……シンデレラね?」


 「え!?どうしてそれを!」


 「美人の癖に貧乏そうだから」


 なんてストレートな物言い……いや、待てよ。シンデレラなんて呼び名、継母達しか知らないはず。それに魔法って……もしかしてこの人!


 「まさか、あなたも……」


 「そっ、転生者よ。察しが悪いわね」


 少女はやれやれといった様子で溜息をついた。


 「そんなっ!シンデレラが二人もいるだなんて!」


 「バカね。私はシンデレラじゃないわ」


 「え?」


 「白雪姫」


 「あー!言われてみれば、確かに白雪姫だ!」


 黒髪に白い肌。言われてみれば確かにそのものだ。なんで気づかなかったんだろう。


 少女はじっと私の顔を見てから、ふんと鼻を鳴らした。


 「あなた名前は?」


 「エラ」


 「そうじゃなくて、本当の名前よ」


 「……本当は西條 綺羅莉」


 「そう。私は葛城 雪」


 「よろしく…雪ちゃん?」


 「ちゃん付けしないで」


 「じゃあ、雪さん」


 「…まあいいわ」


 雪さんは空を見上げた。私もつられて空を見上げる。路地の細い隙間から、夕日が差しているのが見えた。昼間の喧騒が嘘のように、辺りはしんと静まり返っている。


 「ねえ、シンデレラ」


 「なんですか?」


 「あの声、聞こえた? 世界を歪めたとかなんとか言ってくる、あの男の声」


 「えっ!雪さんも聞こえたんですか!?そうかっ。魔法を知ってるってことはもしかして雪さんも……」


 雪さんは無言で私を見ている。続きを促すような、試すような目だ。


 「…魔法使いになりたかったんですか?」


 「違うわ!」


 「え、じゃあどうして?」


 雪さんは一瞬だけ視線を逸らした。僅かに頬が強張っている。


 「った、食べれなかったの」


 「……はい?」


 「あー、もうっ!リンゴっ!食べれなかったの!」


 絞り出すように言い放つと、雪さんは腕を組んで石畳に視線を落とした。プライドの高そうなこの人が、これを口にするのがどれだけ恥ずかしいか、なんとなく伝わってくる。


 「あはは……なるほど、仮死状態になるってわかってたら怖いですよね」


 「違う。そんなの怖いわけないじゃない。食べて寝るだけで王子様と結ばれるのよ?白雪姫なんて超優良物件じゃない」


 「はあ」


 「その……人が素手で触ったものはちょっと……」


 「あ」


―この白雪姫、潔癖症なんだ!

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