馬車の中って窮屈
久しぶりにドワーフの家に顔を出そうと思ったのは、何でもない休日のことだった。
前々から気にはなっていた。雪さんが去ってから、あの家がどうなっているか。五人は元気にしているか。
お土産も用意した。街の雑貨屋で見かけた珍しい掃除用品だ。カリフが喜びそうだと思って、少し迷ってから買った。お金は、妖精さんが用意してくれた水色のドレスを売った時の残りで。
懐かしいことを考えながら、町外れの道を歩いた。
だが――
「……あれ?」
見慣れた場所に着いたはずなのに、何もなかった。
ドワーフの家があったはずの場所に、家がない。土台すらない。まるで最初から何もなかったかのように、そこには草地が広がっているだけ。
私はしばらく立ち尽くした。
掃除用品の入った袋を抱えたまま、何もない場所を眺める。
(……消えた)
ゴンゾの低い声も、フーラの明るい笑い声も、マロンの距離感のなさも、カリフの研究メモも、ミミの恥ずかしそうな顔も。全部、跡形もなく。
(どうして……みんな、どこに行ったの)
風が吹いた。草がさわさわと揺れた。
胸の奥がざわざわしたまま、私は袋を持って来た道を引き返した。
※※※※
「そう……ごめんなさいね、説明が遅くなって」
「いいですよ。でも教えてください。ドワーフ達はどこに」
妖精さんは少し申し訳なさそうな顔をした。
「雪さんが正規ルートに戻ったから、あの世界は元に戻ったの。ドワーフ達も、家も、全部」
「……元に戻った」
「そう。ちゃんと元の世界で生きてるわ。心配しないで」
私は小さく息を吐く。ざわざわしていた胸の奥が、少しだけ落ち着いた。
(そうか。消えたんじゃなくて、戻ったんだ)
窓の外を見る。いつもの景色だ。ボロ小屋の外に広がる、何でもない景色。
寂しい。それは本当だ。でも、みんなが元の世界に戻れたなら、それでいい。
(よかったね、みんな)
「シンデレラ、あなたもよく考えるのよ?」
「……はい」
それだけ言うと、妖精さんは光の粒になって消えた。部屋に静寂が戻った。
ロッソとテールが膝に乗ってくる。二匹を撫でながら、私は天井を見上げた。
(私の事……か)
※※※※
翌週、仕立て屋に出勤すると店長が慌ただしく作業をしていた。私はまだこの職場の事を全て把握しているわけではなく、店長に言われるがまま動いているだけだ。
ピリピリとした空気を纏う店長に声を掛けられずにいると、ようやく私に気付いたようで視線が合った。
「エラ、少しいいかしら」
「はい、なんですか?」
「先日、お城からご依頼が入ってね」
「お城、ですか。この前来られた王子様の?」
「いいえ、別の国のお城よ。ドレスの修繕は済んでいるけど、届けに行ってほしいのよ。あなたに」
「私がですか?」
「お城まで数日かかるから、馬車を手配するわ。駄賃も出す」
店長はそう言って、封筒を差し出した。中を確認すると、思っていたより多い金額が入っている。
「……随分と気前がいいですね」
「それだけ大事な依頼ってこと」
(でも、なんで他国のお城からうちの店に依頼が……)
私は封筒を見つめた。ロイス王子が来た時も思ったけど、この店には普通じゃ考えられない依頼が舞い込んでくる。店長は一体何者なんだろう。
「あの、店長って……」
「引き受けてくれる?」
「……はい」
聞きそびれた。でも、まあいいか。
店長はきっと、何かすごい人なんだろう
そういうことにしておこう。
※※※※
数日後、私は馬車に乗ってお城へと向かっている。
窓の外には見慣れない景色が続いていた。町を離れるとのどかな田園風景が広がって、やがてそれも森に変わっていく。
揺れる馬車の中で、私はぼんやりと思考を巡らせる。
(雪さん、元気かな)
もう私のことは覚えていないかもしれない。ドワーフ達も、今頃どうしているんだろう。カリフはまた新しい洗剤を開発しているだろうか。ミミはお菓子を作っているだろうか。
(みんな、元気でいてくれたらいいな)
窓の外に流れる木々を眺めながら、私は小さく息を吐いた。
次に脳裏に浮かぶのは正規ルートの事。私のシンデレラとしての正規ルート。
(そもそも、どこから始めるんだろう)
舞踏会には行った。ロイス王子と踊った。でもガラスの靴は置いて来ていないし、カボチャの馬車で帰ったわけでもない。正規のシンデレラのルートとは、だいぶかけ離れた夜だった。
(今からでも間に合うのかな)
しかもマジックイーターになる前兆は、今のところない。肌が変色したこともないし、魔法を使った後の消耗も雪さんほど酷くはない。
(急がなくていいのかな。それとも、気づいていないだけで……)
考えれば考えるほど、答えが出てこない。
馬車が大きく揺れた。木の根でも踏んだのだろうか。私は窓枠を掴んで、思考を手放した。
(まあ、今は目の前のことに集中しよう)
お城にドレスを届ける。それだけだ。
※※※※
城下町に差し掛かった頃だった。
馬車の速度が、じわりと落ちた。
そのままゆっくりと止まる。御者が手綱を引いた様子はない。自然に止まったというより、止まってしまった感じだ。
「どうかしましたか?」
返事がない。
私は扉を開けて外に出た。御者台を見上げると、御者がぐったりと前のめりになっていた。
「……え、寝てる?」
馬も静かだ。いや、馬まで眠っている。
(なんで!?)
辺りを見回すと、城下町の入口付近で人々がばたばたと倒れていくのが見えた。露店のおじさんも、荷物を運ぶ女性も、走り回っていた子供も。次々と眠り込んでいく。
(これは……)
その時、路地の奥から光が見えた。
水色の光だ。
光の中心に、小さな人影があった。水色のドレスを纏った、私と同じ歳くらいの女性。両手を前に翳して、震えながら光を放っている。
その先には、紫色の影。
―マジックイーター!
女性の身体は小刻みに震えていて、今にも逃げ出しそうな顔をしている。それでも、必死に前を向いて魔法を放ち続けていた。
これが次の魔法少女、夢さんとの出会いだった。




