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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第二章

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馬車の中って窮屈

 久しぶりにドワーフの家に顔を出そうと思ったのは、何でもない休日のことだった。


 前々から気にはなっていた。雪さんが去ってから、あの家がどうなっているか。五人は元気にしているか。


 お土産も用意した。街の雑貨屋で見かけた珍しい掃除用品だ。カリフが喜びそうだと思って、少し迷ってから買った。お金は、妖精さんが用意してくれた水色のドレスを売った時の残りで。


 懐かしいことを考えながら、町外れの道を歩いた。

 だが――


 「……あれ?」


 見慣れた場所に着いたはずなのに、何もなかった。

 ドワーフの家があったはずの場所に、家がない。土台すらない。まるで最初から何もなかったかのように、そこには草地が広がっているだけ。


 私はしばらく立ち尽くした。

 掃除用品の入った袋を抱えたまま、何もない場所を眺める。


 (……消えた)


 ゴンゾの低い声も、フーラの明るい笑い声も、マロンの距離感のなさも、カリフの研究メモも、ミミの恥ずかしそうな顔も。全部、跡形もなく。


 (どうして……みんな、どこに行ったの)


 風が吹いた。草がさわさわと揺れた。

 胸の奥がざわざわしたまま、私は袋を持って来た道を引き返した。


※※※※



 「そう……ごめんなさいね、説明が遅くなって」


 「いいですよ。でも教えてください。ドワーフ達はどこに」


 妖精さんは少し申し訳なさそうな顔をした。


 「雪さんが正規ルートに戻ったから、あの世界は元に戻ったの。ドワーフ達も、家も、全部」


 「……元に戻った」


 「そう。ちゃんと元の世界で生きてるわ。心配しないで」


 私は小さく息を吐く。ざわざわしていた胸の奥が、少しだけ落ち着いた。


 (そうか。消えたんじゃなくて、戻ったんだ)


 窓の外を見る。いつもの景色だ。ボロ小屋の外に広がる、何でもない景色。

 寂しい。それは本当だ。でも、みんなが元の世界に戻れたなら、それでいい。


 (よかったね、みんな)


 「シンデレラ、あなたもよく考えるのよ?」


 「……はい」


 それだけ言うと、妖精さんは光の粒になって消えた。部屋に静寂が戻った。


 ロッソとテールが膝に乗ってくる。二匹を撫でながら、私は天井を見上げた。


 (私の事……か)


※※※※


 翌週、仕立て屋に出勤すると店長が慌ただしく作業をしていた。私はまだこの職場の事を全て把握しているわけではなく、店長に言われるがまま動いているだけだ。


 ピリピリとした空気を纏う店長に声を掛けられずにいると、ようやく私に気付いたようで視線が合った。


 「エラ、少しいいかしら」


 「はい、なんですか?」


 「先日、お城からご依頼が入ってね」


 「お城、ですか。この前来られた王子様の?」


 「いいえ、別の国のお城よ。ドレスの修繕は済んでいるけど、届けに行ってほしいのよ。あなたに」


 「私がですか?」


 「お城まで数日かかるから、馬車を手配するわ。駄賃も出す」


 店長はそう言って、封筒を差し出した。中を確認すると、思っていたより多い金額が入っている。


 「……随分と気前がいいですね」


 「それだけ大事な依頼ってこと」


 (でも、なんで他国のお城からうちの店に依頼が……)


 私は封筒を見つめた。ロイス王子が来た時も思ったけど、この店には普通じゃ考えられない依頼が舞い込んでくる。店長は一体何者なんだろう。


 「あの、店長って……」


 「引き受けてくれる?」


 「……はい」


 聞きそびれた。でも、まあいいか。

 店長はきっと、何かすごい人なんだろう

 そういうことにしておこう。


※※※※


 数日後、私は馬車に乗ってお城へと向かっている。

 窓の外には見慣れない景色が続いていた。町を離れるとのどかな田園風景が広がって、やがてそれも森に変わっていく。


 揺れる馬車の中で、私はぼんやりと思考を巡らせる。


 (雪さん、元気かな)


 もう私のことは覚えていないかもしれない。ドワーフ達も、今頃どうしているんだろう。カリフはまた新しい洗剤を開発しているだろうか。ミミはお菓子を作っているだろうか。


 (みんな、元気でいてくれたらいいな)


 窓の外に流れる木々を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


 次に脳裏に浮かぶのは正規ルートの事。私のシンデレラとしての正規ルート。


 (そもそも、どこから始めるんだろう)


 舞踏会には行った。ロイス王子と踊った。でもガラスの靴は置いて来ていないし、カボチャの馬車で帰ったわけでもない。正規のシンデレラのルートとは、だいぶかけ離れた夜だった。


 (今からでも間に合うのかな)


 しかもマジックイーターになる前兆は、今のところない。肌が変色したこともないし、魔法を使った後の消耗も雪さんほど酷くはない。


 (急がなくていいのかな。それとも、気づいていないだけで……)


 考えれば考えるほど、答えが出てこない。

 馬車が大きく揺れた。木の根でも踏んだのだろうか。私は窓枠を掴んで、思考を手放した。


 (まあ、今は目の前のことに集中しよう)


 お城にドレスを届ける。それだけだ。


※※※※


 城下町に差し掛かった頃だった。

 馬車の速度が、じわりと落ちた。


 そのままゆっくりと止まる。御者が手綱を引いた様子はない。自然に止まったというより、止まってしまった感じだ。


 「どうかしましたか?」


 返事がない。

 私は扉を開けて外に出た。御者台を見上げると、御者がぐったりと前のめりになっていた。


 「……え、寝てる?」


 馬も静かだ。いや、馬まで眠っている。


 (なんで!?)


 辺りを見回すと、城下町の入口付近で人々がばたばたと倒れていくのが見えた。露店のおじさんも、荷物を運ぶ女性も、走り回っていた子供も。次々と眠り込んでいく。


 (これは……)


 その時、路地の奥から光が見えた。

 水色の光だ。


 光の中心に、小さな人影があった。水色のドレスを纏った、私と同じ歳くらいの女性。両手を前に翳して、震えながら光を放っている。


 その先には、紫色の影。


―マジックイーター!


 女性の身体は小刻みに震えていて、今にも逃げ出しそうな顔をしている。それでも、必死に前を向いて魔法を放ち続けていた。


 これが次の魔法少女、夢さんとの出会いだった。

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