王子って親切
「ちょっと相談があるんですけど」
早朝の広場の隅。誰もいない時間を選んで、私は妖精さんと向き合った。
「なに?」
「魔法の火力……日に日に上がってる気がして」
「火力?」
「最初の頃と比べると、明らかに強くなってるんです。マジックイーターを倒すたびに、なんか……無駄に炎が大きくなってる気がして」
「それは悪いことじゃないんじゃない?」
「いや、このままじゃいつ火事を起こすか……」
妖精さんは少し考えてから、腕を組んだ。
「もしかしたら、感情と連動してるのかもしれないわね」
「感情ですか?」
「炎系の魔法は感情に左右されやすいって聞いたことがあるのよ。戦いを重ねるたびに、何か感情が積み重なっていってるのかも」
「じゃあどうすれば……」
「わからない」
「即答しないでください!」
「ごめんなさい。でも本当にわからないのよ。あくまで可能性の話だから」
「……妖精さんが知らないなら誰が知ってるんですか?」
妖精さんは視線を逸らした。
(こいつめ……)
「とりあえず、大きな場所で戦うように心がけてみます……」
「それが今できる一番の対策ね」
「なんて情けない対策……」
「それより遅刻しないように。仕事でしょ」
「そうでした!」
日に日に強くなる炎のことを頭の片隅に置いたまま、私は仕立て屋へと急いだ。
※※※※
仕立て屋に向かう途中――
朝市が立つ通りは、いつも人で溢れている。
石畳の上に並んだ露店から焼き立てのパンの匂いが漂って、八百屋のおじさんが威勢よく声を張り上げている。仕立て屋に向かうこの道は、毎朝通るお気に入りの通りだ。
「ねえ、お嬢さん」
(あ)
立ち止まりもせずに歩き続けた。無視が一番だ。
「ちょっと待ってよ、お嬢さん!」
足早に歩いても、男二人の足音がついてくる。
「一人?どこ行くの」
「仕事です」
振り返らずに答えた。これ以上関わりたくない。
「仕事って、朝っぱらから?こんなに可愛い子がもったいないなあ」
男の一人が回り込んで、前に立ちはだかった。ニヤニヤとした笑顔が不快だ。
「急いでますので」
「そんなこと言わずにさ——」
「その辺にしておけ」
突然、低い声が割り込んだ。
声の方に振り返ると、石畳の真ん中に、金髪の青年が立っている。白いシャツに細身のズボン。その立ち姿には妙な圧がある。冷たい碧眼が静かにこちらを見据えていた。
ナンパ男達はしばらく青年を睨んでいたが、その目つきに気圧されたのか、舌打ちをして立ち去った。
あの青年にはなんだか見覚えがある。。。
朝の光の中で見るその顔は、紛れもなく——
(アースラ王子!?)
「……お前、前に馬車に乗せた娘か」
向こうも私に気づいたらしい。ただの村娘の顔を覚えているだなんて、なんて記憶力がいいのだろうか。王子は少し目を丸くしている。普段の無愛想な顔が、珍しく意外そうな表情になっていた。
「は、はい。お久しぶりです」
「こんな時間に一人でどこへ」
「仕事です」
「そうか」
アースラ王子は私をざっと見てから、視線を前に戻した。
「気をつけて行け」
「……はい。ありがとうございました」
私は頭を下げて、また歩き出す。
朝市の喧騒に紛れながら、私はちらりと後ろを振り返ると、アースラ王子の後ろ姿が人混みに消えていくのが見えた。
(王子が私服で街をうろついてるとか……舞踏会の時もそうだったけど、王子って案外自由なのかな?)
そんなことを考えながら歩いていると、
知らない男達から声を掛けられる。
「ちょっとお嬢さん!」
三人組だった。露店の陰からぬっと現れた男達は、私を見てにやりとした。前の二人組より体格がいい。
「どこ行くの?一緒に行こうよ」
「結構です」
「そんなこと言わないでさあ、少しくらい——」
「おい」
また同じ声――
男達が振り返ると、先程同様アースラ王子が立っていた。腕を組んで、面倒くさそうな顔をしている。男達は王子の雰囲気に気圧されて、今度も素直に立ち去った。
「…………」
「…………」
2回目…アースラ王子は少し呆れた顔をしている。
「お前、そんな顔をして一人で歩くな」
「そんな顔って……」
「早く行け」
「あ、ありがとうございました」
私は再び歩き出す。今度は少し速足で。
「ねえちょっと、お嬢さん!」
(もー!今日に限って……)
今度は四人組。
(どうして増えていくのよ!)
「よかったら一緒に——」
「やめておけ」
四人組の後ろに再びアースラ王子が現れた。今度は最初から腕を組んでいる。男達は王子の顔を見た瞬間に踵を返した。
「…………」
「…………」
「案内しろ」
「え」
※※※※
「ここです」
仕立て屋の前に着いた。石造りの外壁に、小さな看板がかかっている。アースラ王子は店を一瞥すると、何も言わずに背を向けて歩き出した。
「あ、あの……ありがとうございました!」
返事はないか。そう思ったのも束の間、王子は足を止め、こちらにチラリと視線を向ける。
「……帰りは気をつけろよ」
それだけ言うと、王子は再び歩き出した。
(無愛想な奴だと思ったけど、案外いい人かも)
そう思いながら、私は仕立て屋の扉を開けた。




