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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第二章

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12/14

避けられない現実

 その日も、私はいつも通り針を動かしていた。

 修繕が二着、新しい注文が一着。午前中に片付けてしまいたい。


 チクチク、チクチク。


 単純な作業だけど、嫌いじゃない。黙々と手を動かしている間は余計なことを考えずに済む。


 「エラ、手が止まってるわよ」


 「あ、すみません」


 店長の声でハッと我に返った。いかんいかん。

 針を持ち直して、作業に戻る。

 そのまましばらく経った頃だった。

 扉が開いて、涼やかな空気が入ってきた。


 「失礼する」


 低くて落ち着いた声。

 顔を上げると、白い軍服を纏った長身の男性が立っていた。黒髪に、涼しげな目元。後ろには従者が畳んだドレスを抱えて控えている。


 (あの人は……!)


 第一王子、ロイス。

 私は咄嗟に顔を伏せた。


 (なんでここに!?)


 「いらっしゃいませ」と店長が立ち上がった。

 「どのようなご用件でしょうか」


 「妹のドレスの修繕を頼みたい。裾がほつれてしまってな」


 「かしこまりました。拝見しても?」


 従者がドレスを店長に手渡した。店長はドレスを広げて確認しながら、ロイス王子に話しかける。


 「これくらいでしたら、すぐに済ませられます。少々お待ちいただけますか」


 「構わない」


 ロイス王子は店内を見回した。椅子を勧められて、静かに腰を下ろす。


 私はひたすら手元に集中する。


 (見ないようにしよう。普通にしよう。いつも通りに仕事をすればいい)


 チクチク、チクチク。


 ……視線を感じる。

 (気のせい気のせい)


 チクチク、チク――

 「痛っ」


 指に針を刺してしまった。


 「大丈夫?」と店長が小声で聞いた。


 「大丈夫です……」


 小声で返しながら、そっとロイス王子の方を盗み見た。すると、彼もこちらを見ていたようで目が合ってしまう。


 (だめっ!!)


 私は即座に視線を手元に戻した。顔が熱い。


 (なんで私が緊張してるんだ。向こうは私のことなんて知らないのに)


 知らない。知らないけど。

 雪さんと王子がキスをしたあのシーンが……


 (この人が、私の正規ルートの……)

 駄目だ。考えるな。手を動かせ。


 チクチク、チク――

 今度は糸が絡まった。


 (なんで!?)


 慌てて解こうとするけど、余計にこんがらがっていく。


 「シンデレラ」


 店長がそっと耳打ちしてきた。


 「落ち着きなさい」


 「落ち着いてます」


 「落ち着いてないわよ」


 否定できなかった。

 深呼吸を一つして、もう一度針を持つ。

 今度こそ集中だ。


 チクチク、チクチク。

 ……やっぱり視線を感じる。


 (見てるの?なんで?)

 こっそりもう一度だけ盗み見た。


 ロイス王子は静かに私を見ている。考えるような顔で。

 (何を考えてるんだろう)


 慌てて視線を戻したら、縫い目が曲がった。


 (あああ……)


 解いてやり直す。時間がかかる。店長がため息をついた気がした。


※※※※


 数十分後、店長がドレスの修繕を仕上げた。私はそれを受け取りロイス王子に手渡す。


 「お待たせしました」


 「見事な仕上がりだ。礼を言う」


 ロイス王子は立ち上がり、ドレスを受け取った。その時、うっかり指が触れてしまう。


 「……」


 「あ、ごめんなさい!」


 私は必死に頭を下げる。ロイス王子は黙ったままだった。王子は何かを考えるように顎に手を当てて店内を見回す。そして、私のところで視線を止めた。


 「君」


 「は、はい!」


 私は顔を上げた。ロイス王子と目が合う。間近で見ると、涼しげな目元がじっとこちらを見ている。


 「さっき針で刺した指は大丈夫か?」


 「あ、平気です」


 「そうか」


 ロイス王子は少し間を置いてから、続けた。


 「ここで働いて長いのか?」


 「少し前からです」


 「そうか」


 また間が空いた。ロイス王子は何かを考えているような顔をしている。私は顔が熱くなるのを感じながら、視線を手元に落とした。


 (まともに顔が見られない……)


 「また来る」


 「あ、ありがとうございます!」


 ロイス王子は従者に目配せして、ドレスを手渡した。帰り際、もう一度こちらに目を向けた。


 「ところで」


 「は、はい」


 「その鞄、何か入っているのか」


 「え?」


 思わず手元の鞄を見た。ガラスの靴の先端が、鞄の口からほんの少しだけ顔を出していた。


 (しまった!)

 「……それは」


 ロイス王子が一歩近づいた。涼しげな目が、ガラスの靴に向けられている。


 「あの靴は……」


 「あら、殿下!」

 店長がすかさず割り込んできた。


 「お帰りの前に、次回のご注文についてお伺いしてもよろしいですか?妹様のドレスでしたら季節に合わせた生地もご用意できますので」


 ロイス王子はしばらく店長を見てから、ゆっくりと視線を私に戻した。私は鞄をそっと膝の後ろに隠す。


 「……また改めて来よう」


 「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」


 扉が閉まった。

 私は大きく息を吐く。


 「……ありがとうございます、店長」

 「別に」


 店長はそっけなく生地を片付けながら言った。


 「あなたが面食いだったなんてね」


 「……」


 「でも、いくらあなたが美人でも、王子は厳しいと思うわ」


 「で、ですよね〜」


 「あの方、また来るわよ。きっと」


 「……そうですね」


 「その時はちゃんと落ち着きなさい。針を三回も刺して、糸は絡まるは、縫い目は曲がるは」


 「……すみません」


 「全部やり直したわよ、こっそり」


 「え!?」


 「気づいてなかったの?」


 私は言葉が出てこない。店長は呆れたように笑った。


 「まったく。しっかりしなさいな」


 「……はい」


 私は再び針を持つ。


 (ロイス王子)


 さっきの涼しげな目元が頭に浮かんだ。


 (私の正規ルートの相手、か)


 雪さんは正規ルートに戻った。潔癖症を克服して、自分の意志でリンゴを食べて、王子の手を取って歩いていった。


 (私は……どうするんだろう)


 答えは出なかった。

 ただ、頭の中でロイス王子の顔とアースラ第二王子の顔が交互に浮かんで、私はまた縫い目を曲げてしまう。


 「エラ!」


 「……すみません」


※※※※


 ―王城にて。


 ロイスは廊下を歩きながら、さっきの仕立て屋の娘のことを考えていた。ドレスを手渡された時に指先が触れた瞬間、何かが引っかかった。


 (あの感覚は……)


 舞踏会の夜、踊った娘の手を取った時の感覚に、どこか似ていた気がした。

 それだけではない。鞄から覗いたガラスの靴。


 (あの靴は……)


 舞踏会の夜、あの娘が履いていたものと同じ形をしていた。偶然かもしれない。似ているだけかもしれない。だが――


 「殿下、いかがなさいましたか」


 従者に声をかけられて、ロイスは我に返った。


 「なんでもない」


 廊下を歩き続けながら、ロイスはもう一度あの娘の顔を思い返した。

 顔を背けて、まともに目を合わせなかった娘。


 (まさか……な)

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