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ガラスの靴なんてクソ喰らえ!  作者: ぬしぽん
第一章

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11/14

雪さんの出発


「そんな……記憶を失うって!」


 妖精さんからそう聞いた時、私はしばらく言葉が出なかった。


 「正規ルートに戻れば、ルートから外れていた間の記憶は消えるの。魔法少女だったこと、魔法を使えたこと……そして」


 妖精さんは申し訳なさそうな顔を浮かべて、少し間を置いた。


 「関わった人間の記憶も」


 雪さんは無言だった。腕を組んで、窓の外を見ている。表情は変わらない。でも、指先が少しだけ強く腕に食い込んでいた。


 (雪さん……)


 「……ドワーフ達の記憶は?」


 「彼等は正規ルートの存在だから、消えないわ」


 「そう」


 それだけ言って、雪さんは黙った。

 私も何も言えなかった。

 雪さんが私のことを忘れる。魔法少女だったことも、一緒に練習したことも、キッチンで笑ったことも、全部消える。


 「シンデレラ」


 雪さんが私を見た。


 「なに残念そうな顔してるのよ。別にいいでしょ、私の記憶なんだから」


 「……雪さん」


 「泣きそうな顔しないで。みっともない」


 「泣いてませんよ!」


 私は思わずツッコんでしまう。すると、雪さんの口角は少し上がった気がした。


 「決めたわ。やる」


 「……はい」


 「後悔しないから。あなた達とはお別れね」


 それだけ言って、雪さんは立ち上がった。


※※※※


 翌日――森の外れ。

 私は草むらに身を潜めて、じっと様子を伺っていた。雪さんは木の切り株に腰かけてある人物を待っている。腕を組んで、いつも通りの無表情だ。


 しばらくして、森の奥から足音が聞こえてきた。

 現れたのは腰の曲がった老婆。大きな籠を抱えていて、中には真っ赤なリンゴが山盛りになっている。

 老婆は雪さんの姿を見るなり、盛大にため息をついた。


 「……はあ」


 (開口一番ため息って……)


 「今日も来たわよ」


 「見れば分かるわ」


 「……今日はどう?」


 「どうって何が?」


 「リンゴよ、リンゴ。食べる気になった?」


 雪さんはじっとリンゴを見つめる。


 「……気持ち悪い」


 老婆は疲れ果てた顔で俯いた。もはや驚きもしない。これまでもこんなやりとりが何度も続いていたのだろうと、私は思わずため息をついた。


 (この老婆、完全に諦めてるのね……というか、毒リンゴ以外の選択肢は無かったの?)


 老婆はリンゴを一個取り出して、差し出す。完全に義務感だけでやっているように、気だるそうに。


 「美味しいよ〜……」


 「……」


 「ですよね」


 (ですよね、じゃないでしょ!)


 老婆はリンゴを籠に戻した。それからよっこいしょと腰を伸ばして、帰ろうとする。


 「待って」

 老婆が振り返ると、雪さんが立ち上がっていた。

 「……今日、もらうわ」

 老婆の動きはピタリと固まる。

 「……は?」


 「だから、もらうって言ってるの」

 「……ですよね」

 「ですよね、じゃないでしょ。お一つ貰えるかしら?」

 「いや、だって……え?本当に?」


 老婆は震える手でリンゴを差し出した。雪さんが手が伸ばし、豪快に鷲掴みにして受け取った。私は草むらの中で息を呑む。


 「……え、受け取った。受け取った!?」


 老婆は目を見開き心の声を大にして口に出した。

 雪さんはリンゴをじっと見つめる。老婆も、草むらの中から見ている私も固唾をのんで雪さんの顔を伺う。


 「……っ」


 雪さんは目を閉じて――リンゴに齧りついた。


 「食べたあああ!!」


 老婆がガッツポーズを決めながら叫んだ。


 (喜びすぎ……私も嬉しいけど)


 雪さんはゆっくりと目を閉じて、膝から崩れ落ちる。私は草むらから飛び出して駆け寄ろうとしたけど、老婆が先に身体を支えた。


 「……長かった……ついに……ついに!」


 老婆はそう呟きながら、雪さんをそっと地面に横たえた。その時、老婆の姿がゆっくりと変わっていく。腰が伸びて、しわが消えて、若い女性の姿が顕になる。確か――正体は継母の女王さんなんだっけ?


 女王は雪さんが完全に意識を失っているのを確認すると、満足げにスキップを踏みながら去っていった。私は背中が見えなくなるのを確認してから、眠る雪さんの傍に駆け寄った。


 白い肌。長い黒髪。整った顔立ち。


 (綺麗だな。私なんかより余っ程)


 その後ドワーフ達を呼びに行き、皆で雪さんを運んだ。私と違って彼らはこの先の展開を知らない。雪さんが本当に死んだと思って大泣きしている。


※※※※


 数日後、私はいつものようにドワーフ達に挨拶をして、家にお邪魔させてもらっている。理由は王子様が迎えに来るのを見届けたいから。


 雪さんは仮死状態のまま外で寝かされており、豪勢な棺には綺麗な花がたくさん添えられ、ミミとマロンは傍らで相変わらず大泣きしている。


 すると、何やら森の奥から小枝や落葉を踏み鳴らす気配があった。


 (もしかしてついに王子様が!?)


 私が家の窓からそーっと覗くと、紫色の影が揺れていた。


―マジックイーター!?


 一体じゃない。二体、三体。

 (無防備な雪さんを狙ってる!?こんな時に……)


 私はガラスの靴を鞄から取り出して両足にはめ、右足を三回叩いた。虹色の光に包まれ、ピンクのミニスカートドレスへと変身する。


 「雪さんには指一本触れさせない!」


 三体が一斉に光線を放ってきた。


 「っ!」


 咄嗟に横に跳んで一発を避け、残り二発は炎で相殺した。


聖者ノ炎イノセントフレイム


 一体目に直撃させる。ひるんだ隙に二体目に炎を放つ。


 だが三体目が雪さんの方に向かっていった。


 「させない!!」


聖者ノ炎イノセントフレイム!!


 渾身の炎が三体目を直撃した。内側から光が溢れ出し、灰になって消えた。残りの二体も続けて仕留める。


 息が上がっている。膝が笑っている。

 でも、雪さんの傍には近づけさせなかった。


 (よかった。まさか正規ルートに戻ってもマジックイーターが狙いに来るだなんて……全く油断できないな)


 私は雪さんの隣に戻って、膝をついた。


 「大丈夫ですよ。ちゃんと守りますから」


 雪さんは眠ったまま。いつものような軽口もない。


 それから何日ほど経ったか数えられなくなった頃。森の奥から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


※※※※


 現れたのは若い王子だった。

 白馬に乗って、凛とした顔で雪さんとドワーフ達を見下ろす。それから馬から降りて、静かに膝をついた。


 私は少し離れた木の陰に身を潜める。

 王子は眠る雪さんの顔をしばらく見つめてから、そっとキスをした。

 しんと静まり返った森に、鳥の声だけが響いている。

 しばらくして、雪さんの指先が動いた。

 瞼がゆっくりと開き、王子と視線を合わせる。


 雪さんは起き上がり、王子の手を取った。二人で立ち上がる。王子が何か言って、雪さんが小さく頷いた。


―イケメンの手は平気なんだ……


 そう思いつつも、なんだか視界が霞んできた。雪さんよかったね。


 すると、不意に雪さんが振り返り、

 木の陰に隠れて泣いてる私と――目が合った。


 (雪さん……)


 こちらを見た雪さんは口角を上げて一瞬だけ、片目を閉じた。


 ウィンク?

 

―雪さん、まさか記憶が!?いや、そんな筈は


 雪さんは王子の手を取って、森の奥へと歩いていく。黒髪が木漏れ日に揺れて、やがて姿は見えなくなった。

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